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JRIレビュー Vol.9,No.81

利水ダムを活用した新たな治水のあり方─2019年台風19号襲来時の信濃川水系のリスクシナリオに基づく検証と提言

2020年08月24日 石川智優


日本は山や丘陵が多く河川の傾斜が急という地理的な特徴に加え、梅雨期と台風期の豪雨という厳しい自然条件下にあり、歴史的に水害が多い。そのため、日本はダムの整備、河川改修や護岸の整備、それらの運用による水害の最小化に取り組んできた。水害対策のインフラが一定程度整備されているにもかかわらず、近年は地球温暖化の影響と考えられる大型の台風や線状降水帯などが日本列島を直撃する頻度が高まっており、毎年のように大規模な被害が生じている。

治水には様々な方法があるが、洪水対策だけを目的に国土を利用することは現実的には難しい。そこで、現存するダムや遊水地をいかに有効に運用するかが日本において最も期待される治水の手段であり、山地や丘陵地の多い日本でこれまでも大きな効果を発揮してきた。

しかしながら、大雨を伴う台風や低気圧が大型化し、その発生頻度が高まっていること、それらにより施工当時に想定した治水機能を上回る水量が発生する事態が度々起きていることなどから、ダムによる治水は気候変動によるリスクに直面している。こうした点に対して、より大きな治水能力を持つダムを建設することなども考えられるが、ダムの建設には長い時間と巨額の費用を要し、当面の洪水リスクに対処することはできない。また、大雨を伴う台風や低気圧が襲来した後、短期間で再度同規模のものが襲来した場合、治水機能を持つ既存の多目的ダムですべての流入量を吸収することが難しいケースもありうる。

こうした状況を考えると、今後の洪水対策については、2019年の台風19号のような規模の大雨に耐えうるだけでなく、短期間(2週間〜1カ月程度)に同じ水系に大雨が複数回襲来した場合、現状の治水手法で対応できるか、という観点で最悪のリスクシナリオを想定し、それに耐え得る方策を検討することが重要になる。

そこで、既存ダムの運用方法を改善することを念頭に、2019年の台風19号襲来時の状況をもとにリスクシナリオを検討した。具体的には、信濃川水系高瀬川流域における多目的ダム(大町ダム)と利水ダム(高瀬ダム、七倉ダム)をモデルとして、多目的ダムのみで流入水を吸収する運用を前提に「台風19号並みの台風や低気圧が襲来した後、2週間後〜4週間後に同規模の大雨を伴う台風や低気圧が襲来する」というリスクシナリオである。結果として、多目的ダムのみによる対応では800万〜1,000万m3程度の容量が不足する推計となった。

次に、これらのリスクシナリオに対して既存ダムの運用方法を改善することによる治水効果についてシミュレーションを行った。具体的には、利水ダムに洪水調節容量を設けた上で多目的ダムと連携することで、短期間で2度の台風襲来に対応可能であるかについてシミュレーションを実施した。シミュレーションの結果、利水ダムに洪水調節容量を設けた上で台風襲来前に放流を実施し、多目的ダムとあわせて台風襲来時の流入を分担して受け入れることで対応可能であるとの推計となった。このように、利水ダムに洪水調節容量を設けるといった、分野を越えた治水協力は一部の地域で検討・実施されているが、今後は大雨の発生頻度が高まることを想定して洪水調節容量の確保や協力体制の構築を行う必要がある。

一方で、利水ダムに洪水調節容量を設けることには弊害もある。大雨や台風が発生しやすい夏季は電力需要が高い時期でもある。そこで発電に利用する予定であった貯留水を放流し、予想が外れて大雨が降らなかった場合(ダムへの大量の流入水が発生しなかった場合)、電力会社の収益に影響が出る。利水ダムの治水利用には国と電力会社との連携が必須となるため、このような課題にも対処する必要がある。治水協力に伴う損失等の補填のみならず、放流機能の強化のための費用の補填、ダムや設備のメンテナンス・補修の連携による効率化などについても検討が必要である。

また、利水ダムの治水利用に向けた実現に際し、これまで国土交通省が治水に関する体制やシステムの整備を進めてきたことを踏まえると、同省を中心に築かれてきた体制やシステムに利水ダムが連携することが効率的であると考えられる。また、その際には発電ダムを治水目的に利用することに伴う損失を最小にするために気象予測精度の向上は欠かせない。最終的には気象庁等との連携も含め、治水に関わるダムや各種データを一体的に制御・管理するシステム(統合制御システム)を構築することが望ましい。

2020年現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界を震撼させている。そして、新型コロナウイルス感染症の収束が見えない中、日本はこれから台風や大雨が襲来する季節を迎え、避難所で密閉、密集、密接、所謂「三密」の状態が生じることが懸念される。そうなれば、避難と感染という「真に最悪のシナリオ」が生まれてしまう。新型コロナウイルスの現状と近年の台風の発生状況を考えると、真に最悪のリスクシナリオが現実化する可能性は決して低いと言えない。それを回避するためにも、短期間の取り組みで水害対策の効果が期待できる多目的ダムと利水ダムの連携、そのための体制構築を急ぐべきである。
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