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新型コロナ感染症の経験から見た今後のマイナンバー戦略

2020年06月09日 矢野聡


■コロナ禍でマイナンバー、マイナンバーカードに注目が集まる
 2020年4月20日に閣議決定された「新型コロナウイルス感染症対策緊急経済対策」により、各世帯へ特別定額給付金として1人一律10万円が給付されることとなった。5月1日から679市区町村で「マイナポータル」を通じた特別定額給付金のオンライン申請が開始され、その後も一部の自治体で順次、オンライン申請が開始された。
 郵送による申請よりオンライン申請がいち早く開始され、かつ、ゴールデンウィークを自宅で過ごす方が多かったこともあり、多くの方がマイナポータルからのオンライン申請を試みたと思われる。
 しかしながら「オンライン申請に必要となるマイナンバーカードを持っていないためオンライン申請ができない」、あるいは「マイナンバーカードは持っているが、オンライン申請の際に入力を求められる電子証明書の暗証番号を忘れてしまい、オンライン申請時に5回以上誤入力をして暗証番号がロックされた」といったように、申請を試みたができなかったというケースが多発した。
 その結果、ゴールデンウィーク明け直後に「マイナンバーカードの発行」、「電子証明書の暗証番号再設定」を求める市民が市役所の窓口に殺到し、特に暗証番号再設定を行う国側のシステムに処理能力を超えた負荷がかかり、結果、市役所窓口では手続きの遅延・窓口の混雑が発生し、今回の騒動となった。

■給付における日本と海外の差

 米国では、IRS(Internal Revenue Service:内国歳入庁)が「Economic Impact Payments」として、所得やその他条件により金額は異なるが、原則成人一人1,200ドル、17歳未満のこどもは一人500ドルの現金給付を行っている。IRSは2019年あるいは2018年の納税申告情報を使用し、多くの人は給付を受けるための特別な手続きをすることなく、迅速に給付を受けている。
 韓国では、世帯構成により給付額は異なるが、全世帯に40万ウォン(単身世帯)~100万ウォン(4人以上の世帯)が給付された。窓口で申請した場合にはプリペイドカード等で即時に支給され、オンライン申請の場合には1時間程度でクレジットカードのポイント等に入金されているケースがある。
 その他多くの国で新型コロナウイルスに対する経済対策として、給付金の支給等がなされており、各国とも特に重要視したのは「給付までのスピード」であり、日本で給付完了までに要する期間よりも短い期間で給付を完了させているケースがいくつかある。
 日本では2009年、リーマンショック直後に実施された定額給付金において、国の予算決定から初回の振り込みまでに約3カ月程度を要した。それと比較すれば、今回はかなり短期間で給付が実現されている。しかしながら、「マイナンバーの実装(マイナンバー制度、マイナンバーカード交付等)」、「幅広い層におけるデジタル機器利用の普及」など、2009年当時とは異なる状況にあることを考えると、「もっと早く給付してほしい」という声が各所から上がるのもうなずける。

■「給付におけるマイナンバー・マイナンバーカード」活用にかかる課題と解決方策
 今回のような給付において、特に重要な要素となるのは次の3点である。
 ①給付対象の適切・的確な選定
 ②迅速な給付
 ③申請者、給付事務処理者の負担軽減

 これらを「マイナンバー・マイナンバーカード」を活用して実現するのであれば、次の点で課題が生じる。

(「①給付対象の適切・的確な選定」について)
 今回の給付においては「全世帯、一人一律10万円」であったため、住民基本台帳データをもとに給付対象が選定された。現行の「マイナンバー法(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)」においては、「マイナンバーによる個人データの紐づけを行ってもよい手続き」が厳密に規定されているため、仮に「マイナンバーを利用して所得情報を紐づけ、所得に応じた給付」を行おうとしても、現行法においては利用できない。

(「②迅速な給付」について)
 オンライン申請された氏名や口座番号等のデータは、各自治体においてデータに誤りがないか内容確認を実施し、その後、振り込み処理がなされている。この「内容確認」は、多くの自治体においては「申請データを画面に映して、あるいは紙に印刷して住基データと突合」、「AccessやExcel等の簡易な仕組みで住基データと突合」といった方法で行われており、一定程度の人手を要している。
 また、今回の給付では、「マイナンバーカードの電子証明書の暗証番号再発行」において、国側のシステムの処理能力を超える負荷がかかったことにより、オンライン申請を行いたい人が、そのための条件を揃えるためにも時間を要した。
 なお、「市民が申請することなく給付する」という方式がもっとも迅速に給付できる手段であるが、給付側(自治体)が「振込先データ(口座番号等)」を持っていないため、必ず「給付申請」が必要となり、これも迅速な給付を妨げる要因の1つである。

(「③申請者、給付事務処理者の負担軽減」について)
 マイナポータルおよびオンライン申請の画面等は、ユーザーインターフェースの改良等が継続的に行われている。しかしながら、今回の給付では筆者もマイナポータルからオンライン申請を行ったが、他民間サイト等と比較するとやや使いにくい印象があり、改善が必要だと感じだ。
 また、申請処理を行う自治体にとっては、前述の②でも述べたように、内容確認に人手を要することとなる。

 これら課題に対する解決方策として、次が考えられる。
(「①給付対象の適切・的確な選定」について)
 今回のような給付においてもマイナンバーによる情報の紐づけができるよう適切な法改正等が必要となる。社会保障・災害対策はマイナンバーの適用分野として位置付けられているので、感染症や災害など、マイナンバー情報の活用が効果的となる事例を精査の上、具体的なマイナンバー利用用途として明示するよう必要な法改正をすべきである。
 欧米では、ワーキングプアに対する社会保障給付として、所得情報と紐づけて給付を行う「給付付き税額控除」が導入されており、これが功を奏したとも考えられる。

(「②迅速な給付」について)
 来年の通常国会での審議も見込まれている「マイナンバーと預貯金口座の紐づけ義務化」が迅速な給付への一歩となり得るが、一方で「個人の資産を管理される」といった抵抗感を持つ方は少なくない。実現に向けては「マイナンバーと口座番号の紐づけにより何が可能となるか」、「紐づけた口座番号は何に使われるのか(公平・公正なサービス提供のために利用、将来的には税金の還付や給付の際の振込先として利用、等)」等を丁寧に広報・説明し、理解を得る必要がある。
 併せて、①と同様に「マイナンバーで紐づいた銀行口座を給付に利用可能」といった趣旨の法改正も必要となる。

(「③申請者、給付事務処理者の負担軽減」について)
 マイナポータル等のインターフェースについては、今後の継続的な改良に期待する。
 オンライン申請データと住基データの突合はセキュリティ上の理由により、システムを統合することはできないため、都度、双方のデータを抽出の上、確認を行わなければならない。したがって、このままでは給付のたびに自治体に大きな事務負担がかかる。処理内容自体は決して複雑ではないため、大規模なシステム開発ではなく、汎用的な突合・確認ツールを開発し、準備しておけばすぐに対応が可能となる。汎用的なツール開発の前提として、「オンライン申請データ項目の統一」、「オンライン申請~受付処理~給付までの処理フロー」の統一が必要となる。これらの調整、およびシステム仕様について国が決定し、それに応じて、各ベンダーがパッケージのオプション機能として構築すれば、現行のシステムに大きく手を入れて改修する必要もない。

■マイナンバー・マイナンバーカードのさらなる活用に向けての道筋
 マイナンバーは極めて高いプライバシーであると考え、その利用範囲を拡げることに否定的である方は少なくない。一方で、LINE上で実施された「発熱状況」、「不安に感じていること」など機微情報を含むコロナ関連の全国調査には約2,450万人からの回答が寄せられ、また、かなりのプライバシー情報を管理されているということを理解していながら多くの人がGAFAを利用している。この理由の1つは、「利便性を実感できるかどうか」である。今回のようなパンデミックへの対応において、マイナンバーが民間サービスにはない利便性を発揮できることを理解してもらうことが、今後重要になると考えられる。
 また、「悪意ある人にマイナンバーが知られるとどうなるのか」、「マイナンバーで個人情報が集中管理されているのか?」といった不安については、引き続き丁寧な説明を行い、そして、「合理的で公平・公正な社会を実現するためのツールである」という目指す姿についても同様に理解促進が必要である。
 マイナンバーカードは2020年5月1日現在、約2,000万枚が交付されており、発行申請中のものも合わせると約2,300万枚に上るとみられる。さらに、2020年9月からは、「マイナポイント事業(キャッシュレス決済で使えるポイントが上限5,000円分もらえるサービス)」が開始されることもあり、さらなる普及が見込まれる。
 今回の給付においては、新聞・テレビ・ウェブ等で悪いイメージが取り上げられることも多かったが、今年こそ、マイナンバー・マイナンバーカードのイメージを変え、真に公平・公正な社会を実現するための基盤として新たな一歩を踏み出す好機ではないだろうか。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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