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危険と共存する社会では、労働の監視化が進むのか自由化が進むのか

2020年05月22日 時吉康範


 外出自粛の中、通勤や買い物の外出のたびにちょっとした緊張感が走る。
 外出時におけるマスクその他の準備や、人と距離を取ったり、物に触ったりしないなどの外出中の警戒が緊張感を高める。

 この緊張感、以前も経験した気がする。

 2011年3月の福島原発事故だ。
 日々の放射線量の数値は気にしながらも、政府や自治体からの情報をそのまま信用する気にならず、放射性物質を含む雨に降れないよう外出時は準備し、水道水は飲まない放射性物質が滞留していそうな物を避けるなどの警戒をした。結果、関係各位のご尽力で、こうした準備や警戒は単なる気苦労で終わったのだが、水蒸気爆発が起きた後にもう一度大きな事故があったならば関東全域が汚染されるだろうと、筆者は関東から避難する準備をしていた。

 他では、1990年代のニューヨークでの日常生活だ。
 現在のマンハッタンの犯罪件数は相当減ったが、当時はまだ、外出時に何らかの危険に遭遇することは珍しくないはずだと思い、外出のたびに、道行く人々を警戒していた。初の海外旅行が現地での大学院留学であった筆者にとって、警戒は自然のことだった(実際に、住み始めて早々、路上で軽い強盗にあった)。それからは、海外からの旅行客と見られぬよう、現地になじむ格好を準備した。危険に対して準備し、警戒することは、日常生活になった。

 そうか、日本でも「危険と共存し、準備し、警戒することは日常」になるのかもしれない。
 新型コロナウイルスとの共存による新しい生活様式が掲げられているが、長い歴史で見れば、感染症は外的環境変化による有事と言ってよい危険だ。しかしながら、共存する危険は外的環境変化や有事に限らない。例えば、生活習慣病。高齢化社会に伴って、二人に一人はがんになる時代であり、慢性疾患も多くなっている。自分自身の内的変化による慢性的な病気と共存して生活することは、ごく当たり前になっている。
 危険と共存する社会を日常とするならば、人命第一の緊急避難をいつまでも続けているわけにはいかないのは当然だ。

 内的変化による日常的な危険との共存を企業に当てはめてみよう。そのほとんどは、社員のふるまいに起因するはずだ。では、危険と共存することが日常になる社会では不可逆的に在宅勤務の普及が進む中で、どのように社員のふるまいを把握していけばよいのだろう。思案している企業も実際に多い。
 まったく方向性の異なる2つのシナリオがある。
1)業務管理の監視体制を強め、業務管理を維持・強化する
 出社していない社員の行動をモバイル端末やカメラ等を活用して遠隔で把握し、AI等による行動分析で不正やさぼりの兆しを検知し、未然に防ごうとする施策が想定される。現在の業務管理を踏襲して、維持・強化するためにITツール導入を導入するものだ。
2)業務を管理しようとするのではなく、社員の主体性に委ねる評価制度を導入する
 裁量労働制(みなし労働時間制)の導入が想定される。社員がきちんと勤務していることを前提に、こと細かな監視などはせず、社員の主体性に成果を委ねようとするものだ。ホワイトカラーの場合、成果と連動した年俸制と組み合わせて使われることも多い。

 筆者は人事の専門家ではないが、テクニカルな側面だけに焦点を当てて人事部門の視点で解を出そうとすれば、これらのシナリオの施策は以前から言われていることであり、手あかのついた話にも思える。
 しかし、この問いを、経営視点で、危険と共存することが当然の新たな社会における企業のあり方を問う課題と捉えると、どちらの方向性を志向するかは、その企業が、将来にわたって社員とどのように向き合っていくか、緊急避難の先の企業の理念や行動指針への解を求められていると考えられる。

 性悪説を取るのか性善説を取るのか、はたまた、これまでとは異なる未来になると分かりながらもこれまでの延長線上の施策を続けるのか、未来に適した新しい施策の導入まで踏み込むのか、100年に一度とも言われる有事は、未来の企業あり方を考えるにはいい機会だ。
 ただし、「在宅勤務の今こそ裁量労働制」などと短絡的な施策をおすすめしているのではない。最近、裁量労働制を導入する大企業のニュースを見かけたが、ただでさえストレスがかかる在宅勤務環境下で、自社・自分の業績が思うように上がらない状況に加え、“自己責任”の評価制度が導入されたらメンタル崩壊する従業員が続出するだろう。
 未来に向けたシナリオを組み、企業のあり方や施策をよく考えてみることを期待したい。

 ピンチはチャンスと言いたがる経営者は多い。今、外的環境変化によるピンチだけではなく、内的な日常もピンチにある。目の前の収益の悪化への施策だけではなく、従業員にも目を向けて、ピンチをチャンスに変えてほしい。
以 上


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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