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「デジタル化」に必要な2つの備え

2020年05月18日 古澤孝洋


 一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会は、2020年2月、「企業IT 動向調査2020」において、民間企業における「デジタル化」の取り組み状況の調査結果を発表した(*1)。この調査において「デジタル化」とは、IT の進化により様々なヒト・モノ・コトの情報がつながることで、競争優位性の高い新たなサービスやビジネスモデルを実現すること、プロセスの高度化を実現することと定義されている(同調査では「ビジネスのデジタル化」と呼称されている)。
 この調査によると、調査対象企業のうち半数の企業は自社の商品・サービスの「デジタル化」を実施あるいは検討中であり、同じく7割の企業は自社の業務プロセスの「デジタル化」を実施あるいは検討中という結果になっている。いまや多くの民間企業において「デジタル化」が喫緊の課題となっている現状が、改めて浮き彫りとなった。
 しかし全ての企業が「デジタル化」に成功しているわけではない。同調査で「デジタル化」を未実施と回答した企業の割合に着目すると、商品・サービスの「デジタル化」を未実施の企業は50.2%で昨年度比0.5ポイント増加、プロセスの「デジタル化」を未実施の企業は33.9%で昨年度比2.7ポイント増加となっており、「デジタル化」できていない企業の割合は横ばいから微増の状態となっている。多くの企業が「デジタル化」を検討する一方で、なかなか思い通りに「デジタル化」が実現できていない様子がうかがる。
 このように「デジタル化」が難航している背景について、筆者はこれまでのプロジェクト支援の経験から、「AIやIoTといった技術の導入が自己目的化してしまっている」、あるいは「新たなビジネスや未経験の技術を取り扱うため、実現性の高い推進計画が策定できず、実行に移せない」といった原因があると考える。先端技術を導入すればそれで「デジタル化」は成功というわけではなく、経営課題を解決するために自社ビジネスのどのような領域をITで高度化すべきかを正しく見定めること、「デジタル化」に向けた実現性の高い推進計画を策定することが重要なのである。「デジタル化」を実現するために企業に求められる要件について、陥りがちな失敗例や具体的な対策例を交えて考えていきたい。

事例1:技術導入そのものが自己目的化

 製品や技術の導入効果を確かめるため、PoC(Proof of Concept: 概念実証)は実施したが、その先の展開で頓挫してしまう――いわゆる「PoC倒れ」が起きるのは、技術の導入そのものが自己目的化してしまっていることが原因の1つになっていると筆者は考える。「とにかく何か先端技術を自社に取り入れたい」というスタンスでは、自社のどういった業務領域が「デジタル化」によって大きな恩恵を受けられるかを正しく見定めることができず、「デジタル化」する対象領域の選定を誤ってしまう。結果として、PoCまでは実施したものの、本格導入しても業務効率化や提供スピード向上といった大きなインパクトは見込めないという結果になり、「デジタル化」が頓挫してしまう。
 一例として、筆者が支援をしたプロジェクトで「AIを自社サービスのどこかに取り入れられないか」という発想からスタートして、顧客アンケートの回答分析に自然言語処理を活用する可能性を検討したことがある。このPoCで開発したプログラムは、人間による分析に近い精度を達成することができた。しかし「顧客の性向分析をAIで自動化することが、自社のバリューアップにどの程度寄与するのか?」という考えが明確でないままPoCを進めていたことで、PoCの完了後、業務への本格展開の是非について改めて検討し直すという事態となってしまった。PoCの実施前に、なぜこの領域を「デジタル化」するのかという目的や、達成基準、達成後の展望について明確化が不足していたのである。
 この事例でいえば、次の3点の取り組みが必要であった。①対象となる自社の商品・サービスがどのような強みや課題(機能性、使いやすさ、価格など)を有しているか整理すること、②「デジタル化」はそれら強みの伸長や課題改善にどう寄与するのかという仮説を明確化すること、③その仮説を定量・定性的に検証できるPoCを計画すること、の3点である。だが実際には、どのような軸で顧客の性向を分析することが商品・サービスの強みに寄与するのかという①②の整理が不十分なままPoCに着手してしまい、また③の観点においても、どの程度「デジタル化」できることでCS向上や人件費削減に寄与するのかという検証計画が不十分であったことが問題であった。「デジタル化」の経験が少ない企業では特に、自社のどのような領域が「デジタル化」の恩恵を享受しやすい領域なのかをしっかりと認識し、範囲を絞った小さなPoCから始め、着実に本格導入する経験を積み重ねていくことが望ましい。

事例2:「デジタル化」に向けた計画策定の難航

 「デジタル化」の取り組みでは、様々なヒト・モノ・コトの情報をつなげること、新たなサービスやプロセスを高度化させることについて検討することになる。その際、これまでのビジネスとは異なる新たな領域のシステム化や、採用経験のない先端技術の導入がテーマに挙がるケースも少なくない。しかし実績のない取り組みの場合、プロジェクトに必要なコストや期間を計画することが難しい。結果として、企業が「デジタル化」に着手するための意思決定をなかなか下せない状況を作り出してしまうのである。
 「デジタル化」のような不確実性の高い取り組みは、あらかじめ定めたゴールに向けて決められた期間・コストで成功を目指すプロジェクト的な計画策定が難しい。そのため、不確定要素に対して柔軟に対応しながら推進していくことが重要になる。具体的には、「デジタル化」によって実現したい全体像を策定した上で、いくつかのフェーズに分けた実行計画を策定し、フェーズごとに全体計画を見直して精緻化していく手法が有効である。筆者が計画策定を支援したクライアントの事例においては、最初の意思決定の範囲を絞り、最も重要な要件を開発する数カ月間のみをまずスコープとして着手・推進するという手法をとった。そして、その数カ月の間に実際の開発スピード・投資ペース・完成見込み時期を検証し、最終的な計画を精緻化する段取りとすることで、社としての意思決定をスムーズに進めたのである。推進計画の策定では、このように目指すべき全体像をいくつかの段階に分割して小さく着手し、段階ごとに成果を検証して継続的に全体計画をブラッシュアップする手法で、不確定要素へのリスクを最小化させることを推奨する。

自社の強みを捉え、変化に即応できる体制・文化を備えよう

 IT技術は今後ますます発展を続けるだろう。AIやIoTといった先端技術も実用化・パッケージ製品化が進み、ビジネスにおける様々なヒト・モノ・コトの情報の活用はこれまで以上に容易に実現可能になると予想される。今はまだシステム予算や体制に恵まれている大企業が「デジタル化」で先行しているとしても、中小企業が先端技術を容易に導入できる社会はそう遠くない未来に訪れるだろう。
 全ての企業が「デジタル化」の可能性を手にする時代に向けて、「デジタル化」の実現に頭を悩ませている企業が行うべき備えは2つある。
 1つは、自社のサービス・プロセスのどこが競争力の源泉になっているのかを正しく認識しておくことである。導入は容易だが達成時のインパクトが弱い領域をITで高度化しても、それによって得られるベネフィットは限定的なものになってしまう。
 もう1つは、想定外の状況に柔軟に対応しつつ「デジタル化」を推進できるよう、社内の組織体制の整備や企業文化の醸成に取り組むことである。最初から大きな計画を実行するのでなく小さく着手して継続的に見直していく考え方を社内に根付かせる、システム部門だけでなく現場を交えてシステムの導入効果を評価する体制を構築する、状況変化が起こった場合は経営陣が迅速に方針の見直しを行う……等、変化に柔軟に対応していくためには、現場・経営陣が一丸となり新たな考え方を持って取り組むことが必要になる。来るべき日に向け、今から社内の戦略や体制を整備しておくことが、企業の「デジタル化」に携わる経営者やシステム部門に求められている。

(※1):「ビジネスのデジタル化は分岐点に ~実施レベルを高めていくことが期待以上の成果を得るカギ~ JUAS「企業IT 動向調査2020」の速報値を発表」(2020年2月)

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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