「一人に一台パソコンを配ると会社で遊ぶ奴ばかりになる」
1996年、以前勤めていた会社でパソコンの導入を検討している際、「一人一台にするか」「複数人に一台にするか」を議論していた時、当時の担当役員(当時50歳代)はそう言い放った。その役員の認識は、「パソコン=遊んでいる」だった。さらに、同席していた幹部(当時40歳超)の大多数が同調した。
日本電産の永守重信会長兼CEOが、NHKのインタビューを受けて次のように話すのを先日拝見した。「テレワークは、どれだけ働いたか評価もできないし、信用ならないものだと以前は思っていた。それでも今の状況では、仕事より人命が大事だと考えてテレワークを導入した。だから、しばらく遊ばせておけば良いくらいに思っていた。しかし、テレワークで今まで以上に業績を上げる社員が出るようになった。目から鱗が落ちた。人事評価もそれに合わせて変えることにした」。
外出自粛による在宅勤務は企業の業務形態を大きく変容しようとしている。その一つが、大企業ホワイトカラー層のテレワークだ。
確かに以前の認識は、テレワークは、「自宅でもできる簡易業務(いわゆる内職)」だったように思うが、情報通信技術の進化によって今ではリモートでの対話はもちろん、ワークショップも可能になり、現在は「会社に行かなくても、行ったのと同等レベルの業務」に近づいてきた。
ではなぜ、これほどまでに使える(もちろん不十分な点は多々あるのだが)テレワークがこれまで普及しなかったのだろう。
そこで思い出したのが、冒頭の役員の発言だ。使えるはずのツールの普及を遅らせている一つの要因は、経営幹部のデジタルリテラシーの低さだ。使えるツールが、外出自粛の影響で使わざるを得ないことになって、そもそもの利便性が認められて普及しただけだ。
デジタル革命の代表的な歴史的事象では、TCP/IPの標準化は1982年、Windows95の登場は1995年、iPhoneのオリジナルモデルの発売は2007年だ。ということは、現在の48歳、35歳、23歳は物心がついたとき(10歳くらいで物心がつくとされる)には、インターネット、Windows、iPhoneが身近に存在していた。スポーツが分かりやすい例だが、一般的に、小さい頃から慣れ親しんでいる方が正しい理解と上達は早いものだ。反対に、自分にとって新しい何かに出くわした歳が高ければ高いほど、理解と上達は低くなりがちだろう。筆者は、社会に出て数年後に、Windows95の発売に出くわした世代だ。直前に留学先の授業でパソコンには毎日触っていたから多少理解はあったものの、現在でも言われたように使うだけであって、使いこなせているとは程遠い。
一方、Forbes JAPANに「在宅勤務がうまくできない上司 どう対処すれば?(※1)」と題するコラムが先日掲載されていた。曰く、「在宅勤務は自分の仕事を終えるだけでも難しいのに、上司が事細かに口出ししてきたり、面倒な現状報告を要求して不要な仕事を作ったり、テクノロジーが苦手でサポートが必要だったりすると、負担がさらに増すように感じてしまう」。
このコラムは、上司のデジタルリテラシーの低さのみならず、在宅勤務におけるマネジメントの作法を提起している。
未来デザイン・ラボによるリモートワークショップの試行結果から、対面ワークショップと比較してリモートは参加者の疲労度が高く、集中力を保つためにはより小まめに休息を取る必要があることが分かっている。つまり、リモートでの会話や会議は、議論を凝縮して、手短に進めることが重要なのだ。その努力をせず、余計な時間をかけ、二度、三度手間をかけ理解させていたことを、リモートでは、一回の連絡で理解させ、部下がショートカットで業務を進められるようにする必要が出てきたということだ。そのためには、時間効率を最優先して、上司は、「論理的思考と言語の文法」を強く意識した指示命令を出すようにしなければならない。部下からの報告のあり方も同様だ。要点だけを求めるようにして、欲しい情報を明確にしてから依頼する必要がある。
こう考えると、在宅勤務は、働き手にとってではなく、実は経営幹部にとっての働き方改革だと理解できる。対面とは異なる仕事のやり方を、リテラシーが低いなりにも理解して、経営幹部自身が模索し、納得し、取り決め、実行する挑戦と変革の機会が目の前にあり、自分自身を積極的に変容する態度が必要になる。冒頭の役員や幹部のように先の読めない考えに固執するようなら、環境変化に適合できない化石として扱われるだろう。
今、試されているのだ。経営幹部がこれまでは訝しげに見ていたDX(デジタルトランスフォーメーション)も、在宅勤務下で必要とされる用途から導入されていくだろう。そして、その利便性に気付けば不可逆的な進化になる。
新型コロナウイルスによって強いられた在宅勤務という環境変化は、企業内の世代交代を促すものになるかもしれない。
(※1) Caroline Ceniza-Levine ,「在宅勤務がうまくできない上司 どう対処すれば?」,Forbes JAPAN, 2020年5月8日
以 上
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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