リサーチ・レポート No.2020-001
わが国に求められる採用・雇用改革の方向性― 産官学一体で「職務」に応じた雇用拡充と日本版DA(在学中訓練)導入を ―
2020年04月02日 下田裕介
わが国における学生の採用・就職、雇用を巡っては、新卒採用が空前の「超売り手市場」と呼ばれ、大学卒業者の就職率が高水準にあるなど、表面的には良好な状況がうかがえる。もっとも、実態は、就職後の早期離職とその後の非正規雇用に陥る学生がなお存在している。企業のなかには経済・社会の変化に対応すべく個々の職務に応じた、いわゆるジョブ型の採用・雇用に取り組む動きもみられ始めているものの、全体からみればごく一部にとどまっている。そして、学生は、知識、能力、職業観を学生時代に十分に身につけているとはいい難いなど、従来の採用・雇用慣行はほころびが一段と顕在化している。
一方、欧米諸国では、ジョブ型雇用が一般的なことから、教育や就業の制度や環境がわが国とは大きく異なる。社会から高等教育機関に対しては、それぞれの職務で求められた仕事ができるだけの能力を学生に身につけさせることが期待されており、「高等教育と就業の接続」の取り組みが進んでいる。
もっとも、欧州でも国により取り組みの度合いは異なる。マイスター制度の長い歴史を持つドイツやデンマークなどは、政労使の協調関係が特徴的で、従前より職業教育における教育機関と企業の連携が進み、職務が定まったジョブ型雇用が定着している。一方、イギリスは、歴史的な経緯が異なることもあり、比較的近年になって高等教育と就業の接続を高める新たなプログラムを打ち出し、大学・企業・国が一体で取り組むことで、ジョブ型雇用の定着を図っている。こうした姿勢は、わが国が抱える課題の解決を目指すうえで示唆に富む。
イギリスでは、他国同様にスタグフレーションが深刻化した1960 年代から1970 年代にかけて、職業訓練が本格的に実施された。そして、1980 年代以降は、時代の変化や雇用主のニーズに合わせて、資格の枠組みをブラッシュアップしてきた。
さらに、同国では近年、エンプロイアビリティ(雇用され得る能力)を高めるため、アプレンティスシップ(徒弟)制度が重視されている。そのなかでDA(Degree Apprenticeship:在学中訓練)は、①高等教育と実践的な職業訓練を同時に受けられる、②企業がプログラムに口を出し、働く場と機会を提供し(手を出し)、そしてカネも出す、といった特徴を持ち、同国が大学や企業と一体となって職業教育に関与し、ジョブ型雇用の基盤を確固たるものにして、国全体の競争力強化につなげていこうとする姿勢がみてとれる。
実際のイギリスでのDAの活用をみると、アプレンティスシップ全体に占める割合はまだ小さい。もっとも、成長著しいデジタル分野をはじめとする理系分野だけでなく、文系のビジネス分野にもDAが広がっていることや、日系企業も含め幅広い企業がプログラムに参加するなど注目すべき点は多い。
こうした実態のなかで、DAに対する評価をみると、見習い生の多くは、DAが今後のキャリアアップで役に立つと考えている。また、大学では、企業が必要とするスキル開発のための教育提供ができるようになったと認識しているほか、企業においては、従業員の定着率の向上がメリットとして挙げられている。このように、それぞれの立場において総じて高い評価が確認できる。
以上を踏まえると、わが国が目指すべき採用・雇用の改革の方向性は、①イギリスにならい、大学・企業・国が一体となり、DAのような「高等教育と連携し、実務に即した職業教育の枠組み」を構築すること、そして、それが十分に効果を発揮できるようにするためにも、まず、②「職務に応じた雇用」の拡充をより積極的に進めていくことである。わが国がこれまで長年にわたり培ってきた教育および雇用に関する制度や慣行が、欧米と異なることを踏まえれば、新卒一括採用やメンバーシップ型雇用の制度は残しつつ、職務に応じた雇用を拡充していくことが望ましく、それは可能なはずである。
そして、改革を実行に移すにあたっては、①まず、現状、認知度と活用度がともに極めて低いジョブ・カード制度を様々な職業の実態に見合う形で抜本的に改善する、②大学生をはじめとする就労予備軍の職業訓練に企業が口を出し、場所と機会を提供し、そして一定のコストを負担するという視点で取り組むことが求められているといえよう。
わが国に求められる採用・雇用改革の方向性― 産官学一体で「職務」に応じた雇用拡充と日本版DA(在学中訓練)導入を ―(PDF:1,091KB)