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JRIレビュー Vol.5,No.77

予防接種費用推計の現状と課題

2020年05月13日 西沢和彦


健康に関するマクロの費用統計体系としてSHA(A System of Health Accounts)がある。これは、OECDなどによって整備され、加盟国はそれに基づき健康支出(Health Expenditure)を推計、OECDに報告している。健康支出は、わが国では医療費あるいは保健医療支出などと訳され多用されてきた。健康支出には、厚生労働省の「国民医療費」が対象とする治療費のみならず、対象としていない予防や介護など健康に関する費用が広範に含まれる。本稿は、予防の主要構成項目である予防接種に焦点を絞り、わが国の推計における問題点、および、推計精度向上に向けた課題を整理した。予防接種は、費用対効果が最も見込みやすいとされる予防分野であり、予防による治療費抑制効果を測る観点などからその費用把握は極めて重要である。

OECDのHPから取得できるわが国のデータのうち、予防接種プログラムに該当すると見られる費用を整理すると、2000年度の783億円から2011年度の1,885億円まで緩やかに増加し、2013年度までほぼ横ばいで推移した後、2014年度に3,216億円へと一挙に2倍近くに増加し、2016年度まで再びほぼ横ばいで推移している(OECD公表値と呼ぶ)。これは、推計を行っている医療経済研究機構の解説によれば、地方交付税の単位費用(市町村であれば人口10万人に対し必要となる費用)をわが国の総人口に引き直すことで算出されている。

地方交付税の単位費用を用いるのは、推計に利用可能な統計が限られるなか一つのアイデアと評価される。もっとも、こうした推計結果と方法には次のような問題点が指摘できる。第1に、予防接種の実態、とりわけ2010年から実施されたHPV、ヒブ、小児用肺炎球菌の三つのワクチンの接種緊急促進事業(2年で2,000億円規模)といった大規模な動きがOECD公表値には反映されていない。第2に、国の感染症対策にかかる費用が計上されていない。国も社会保障関係費の一環として感染症対策費を支出している。第3に、予防接種法で実施主体の一角に位置付けられている都道府県にかかる費用、および、問診票作成と送付などにかかる地方自治体の人件費が算入されていないと推察される。

以上の問題点を修正し、改めて予防接種プログラムの費用を実態に近づけて推計すると、(推計可能な起点である)2008年度には2,456億円、2009年度には新型インフルエンザへの国の対応によって2,672億円に増加し、2010年には前掲の接種緊急促進事業が実施されたことから3,638億円へと大幅に増加、その後いったん3,000億円程度に落ち込みつつ(2012年度)、2016年度まで4,000億円程度で推移してきている。このように、OECD公表値とは大きく異なる姿が描かれる(改めて推計したこの値の方が実態に近いと考えられる)。ただし、この推計結果も、地方交付税の積算根拠に過ぎない単位費用にもっぱら依存しており、かつ、予防接種法に定められた勧奨接種に限定され、職域におけるインフルエンザ予防接種や海外渡航時の任意接種を含んでいないなどなお問題が残る。

そこで、一段の推計精度改善に向け、次の三つのポイントを挙げることができる。第1に、SHAの重視である。近年、わが国の健康支出の対GDP比が、OECD加盟国中高位に算出されるようになった。その結果、診療報酬引き上げの論拠として用いにくくなったためか、関心が薄れているように映る。もっとも、治療、予防、介護の一体的な把握や、諸外国比較の重要性は不変であり、SHAの重視が明確にされなければならない。第2に、勧奨接種の単価すなわちワクチン代と問診料の定期的な調査の実施である。接種人数については、すでに厚生労働省から公表されており、加えて単価が分かればワクチンごとに正確な費用を求めることができる。実際、このような調査は、2012年度を対象に単発で実施されている。第3に、推計体制の整備である。それは、推計精度改善、および、情報開示の観点から不可欠である。加工統計である健康支出は、いわば開発途上であり、統計の利用者にはそうした点への十分な注意が促されなければならない。推計方法を分かりやすく開示し、政府内外からデータの提供と改善提案を受け入れ、推計精度を向上させていく必要がある。そのためには、SHAを公的統計に位置付け、政府が推計主体となることが適当である。
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