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持続可能な宇宙開発を阻む宇宙ゴミ問題

2019年12月12日 通信メディア・ハイテク戦略グループ 片桐佑介


【要旨】
●近年の著しい宇宙開発や人工衛星の破壊実験を背景に宇宙ゴミ(スペースデブリ)の数が増加し続けており、今後の宇宙開発の妨げになることが危惧されている。
●ビジネスとしての宇宙ゴミ除去が期待されるなかで、非宇宙系企業も技術やノウハウの提供といった形でスペースデブリ除去事業に参入できる可能性がある。


はじめに
 国内外で宇宙業界が盛り上がりを見せている。ビジネスの文脈では「宇宙ビジネス」(非常に曖昧でしばしば混乱を招く言葉であるが)といったものがバズワード的に流行りはじめており、スタートアップをはじめとした民間企業による宇宙開発が注目を集めている。これまでは宇宙開発といえば、国家プロジェクト的な色が強く官需中心の産業であった。しかし、2000年代の米SpaceX社や米Blue Origine社の創業を皮切りに、民間企業による宇宙開発の黎明期を迎え、日本国内でも同様の動きがみられるようになってきた。このように世界中で数多くの多種多様なプレーヤーが宇宙という新たなフィールドでビジネスを始めようとしており、この流れは今後さらに加速していくであろう。
 しかし、今後われわれが宇宙に進出していくなかで留意すべき点がある。「宇宙ゴミ問題」である。地球と同様、人類が活動をする場所には必ずゴミが発生し、実際、この宇宙のゴミ問題はすでに顕在化している。特に、2007年の中国の衛星破壊実験や2009年の米露の衛星衝突事故によってこの問題は深刻化、より注目を集めるようになった。さらに、衛星コンステレーション(複数の衛星群を一つのシステムとして運用する方式)が計画されるなど大量の衛星の打ち上げが行われていくなかで、今後、宇宙ゴミへの取り組みの重要性はますます高まっていくのではないか。
 ここでは、われわれ人類が持続可能な宇宙開発を行っていく上で大きな障壁となる「宇宙ゴミ問題」に関しての現状および課題、そしてビジネスとしての可能性を述べたい。

宇宙ゴミ(スペースデブリ)に関する基礎知識

 「宇宙ゴミ」は一般的にスペースデブリ(以下、デブリ)と呼ばれ、これは地球周回軌道に存在するか大気圏再突入中の機能していない人工物体やそれらの破片や構成要素を指す(国際機関間スペースデブリ調整委員会(IADC)による定義)。具体的には打ち上げたロケットの上段部や機能の停止した衛星やそれらの破片などが該当する。米国の宇宙監視ネットワーク(SSN)によって監視・追跡されているものだけでも2万個以上存在し、監視できないようなセンチメートル級のものも含めるとその数は数十万に上る。特に近年の著しい宇宙開発に加え、前述の衛星破壊実験や衛星衝突事故によりデブリの数は急激に増加している。これらデブリの周回速度は一般に非常に大きく(国際宇宙ステーションと同じ高度400km地点で秒速約8km)、運用中の衛星に衝突した場合には致命的な損傷となる可能性がある。さらに、今すでに存在しているデブリが相互に衝突しあい連鎖的にその数が増えていくという懸念もあり、最悪の場合、将来的に人類が宇宙開発を行えなくなる可能性もある。こうした事象を防ぐために、現在、世界各国で宇宙ゴミへの対策が進められている。

宇宙ゴミ(スペースデブリ)に関する対策ルール・技術

 デブリ対策に関して国際的なルール面では、IADCや国連宇宙空間平和利⽤委員会(COPUOS)を中心にデブリ発生抑制を目的とするガイドライン作りが進められ、2002年には「IADCスペースデブリ低減ガイドライン」、同ガイドラインに基づき2007年には「COPUOSスペースデブリ低減ガイドライン」が採択された。
 技術的な面では、各国で官民が協力するかたちでデブリの能動的除去に関する技術開発および実証が進みはじめている。除去の方法はさまざまなものが検討・提案されているが、確立された手法はいまだ無い。検討されているものとしては、専用衛星でターゲットまで接近し、なんらかの方法(ロボットアーム、磁石、網、導電性テザーなど)で捕獲または力を与えることによって大気圏へ再突入させて燃え尽きさせるといったものが多くみられる。その他、ターゲットまで接近せずに遠隔から高強度レーザーを用いてデブリを「撃ち落とす」(正確には減速させて脱軌道させる)といったコンセプトも提案・研究されている。
 具体的なデブリ除去に関する取り組みとしては日本が世界に先駆けており、日本にR&D拠点をもつアストロスケールホールディングス(以下、アストロスケール)は民間のデブリ除去事業者として世界から注目を集めている。同社は2020年半ばに、デブリ除去実証実験機の打ち上げを予定している。その他、JAXAや川崎重工もデブリ除去に関して具体的な取り組みを進めている。

ビジネスとしてのスペースデブリ除去
 対策が急務となっているデブリ問題であるが、これをビジネスの機会として捉える事業者が現れてきている。
 例えば、前述のアストロスケール社は主にコンステレーションを運用する民間企業に対してデブリ除去サービスを提供して対価を得ることを想定しているようである。コンステレーション衛星群(大規模なもので数千機の衛星から構成される)は一定の確率で故障してしまうため、代替機を打ち上げることとなるが、その前に故障機を除去する必要がある。そこに同社のサービスのニーズがあるということである。また、川崎重工はJAXAと協働でロケットの上段を対象とした除去技術を開発しており、こちらは主に政府を対象とした事業を想定しているようである。川崎重工は当面は国の事業としてデブリ除去事業を行う予定としているものの、将来的にはそこで培った技術をもとに民間事業化を目指すとしている。
 アストロスケール社のビジネスモデルは民間コンステレーションという今までにない新たなビジネスが現れてきたからこそ生まれたものである。今後宇宙空間でのビジネスの多様化に伴ってさまざまなニーズが生まれ、ビジネスモデルも新たなものが考案されていくだろう。
 ただし、デブリ除去をビジネスとして成立させるには、除去技術の確立や国際的な法規制・ルールの整備などが必要であることには留意が必要であり、これらは政府および民間企業が共に取り組んでいくべき課題である。これら課題に関する取り組みとして、除去技術に関しては前述の通り官民が連携して様々な手法が研究・実証されており、またデブリ除去をはじめとした軌道上サービスに関する法規制・ルールについては近年各国政府や業界団体、国際機関など各所で議論が活発化している。

スペースデブリ除去の要素技術と非宇宙系企業の参入可能性
 このようにビジネスとしても期待されるデブリ除去であるが、前述の通り未だ技術的な課題が存在している。この点において非宇宙系企業が貢献できる可能性があるのではないか。民生品の高度化・低コスト化やインターネットの普及で衛星開発に関する情報のオープン化が進み、非宇宙系企業の衛星開発ハードルは下がってきたとは言われているものの、まだまだ単独でデブリ除去事業に参入することはそう簡単ではないだろう。ただし、技術やノウハウの提供といった形であれば、宇宙系企業や研究機関などとともに同事業に参入していくということは十二分に可能性として考えられるはずである。
 デブリ除去の手順としては、あくまで一例だが「ターゲットデブリの発見・追跡、非協力接近(ターゲットデブリ側からの通信等の協力なく接近すること)、運動推定、(相対)運動量の除去、捕獲、脱軌道」といった流れが一般的であり、それぞれのステップで高度な技術が要求される。そこで自社の技術・ノウハウが活かせないだろうか。例えば、運動推定のフェーズではターゲットの位置・姿勢・回転の仕方等を画像などから推定しなければならない。ここでは急速な発展を遂げている深層学習による画像認識技術が応用できるかもしれない。それぞれの段階で未だ確立された技術はなく、さらに対象とするデブリ(大きさ・形)によっても要求されるものは異なってくるため、技術開発の余地はまだまだ存在している。また、技術もさることながらビジネスという点ではコストの低減も課題となってくる。こうした高度な技術と低コストの両立は日本企業の得意分野なのではないだろうか。
 また、デブリ除去サービスは軌道上サービスの一つであり、デブリ除去で蓄積したノウハウを活かし他の軌道上サービス市場にリーチすることも可能であろう。軌道上サービスとは、デブリ除去のほか、軌道上での衛星の組立やメンテナンス、燃料補給などのことを指す。これらのビジネスとしての可能性は検証段階ではあるが、当該領域では事業化を狙うスタートアップが誕生し資金調達を成功させた事例もあり、今後の衛星の打ち上げ数の急激な増加を背景に市場の顕在化および拡大が期待されている。ここで必要とされる要素技術にはそれぞれ共通するものも多いと考えられるため、例えばデブリ除去事業で培った技術をその他の軌道上サービスに展開していくといったことも検討するべきだろう。

おわりに
 デブリ問題はわれわれ人類が今後地球外に活動圏を拡げていくうえで無視できない課題である。デブリ除去ビジネスは技術や国際的な法規制・ルールといった面で課題が多く不確実性の高いものではあるが、デブリ除去自体のニーズが今後強まっていくことは間違いないと言えるだろう。短期的な収益のみを追求する場合はこうした事業への参入は難しいかもしれないが、長期的な視点に立てば将来的に同分野のリーダー企業になれる可能性もある。人類の持続可能な宇宙開発のためにも宇宙ゴミ問題解決に向けた先行投資を検討してもよいのではないだろうか。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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