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農業のデジタル革新の3つの含意

2019年12月10日 各務友規


 2019年11月18日、Yahooを傘下に収めるZホールディングスとLINEの経営統合に関する基本合意が成立した。日本のIT業界における歴史的快挙といわれる。両社の経営統合に関する狙いは、GAFA・BATH等の世界の巨人達と伍する日本・アジア発のIT企業を創出することであるという。両社の統合により、時価総額の総和は3兆円を突破したが、GAFA・BATH等の企業価値とはまだ一桁異なる。公正取引委員会への牽制球としての評価と考える向きもあるが、グローバル市場で見たときのYahoo・LINE連合の現在のポジションおよび進化の方向性としては率直な評価であろう。人工的な論理体系の上に構築されたデジタル世界は、研究開発、サービス上市、技術伝播・普及のスピードが速く、とにかく規模の経済が働きやすい。したがって、グローバルレベルで熾烈な競争が起こっているのである。筆者が専門とする農業・食品業界でも、スマート農業を核とするデジタル革新の波が押し寄せている。今後、農業機械の付加価値の大半はデジタル領域で形成されると考えられ、業界構造に大きな地殻変動を招いている。農業におけるデジタル革新の方向性は大きく3つあり、本稿でそれらを概観したい。

 一つは既存の農業機械に人工知能が宿り、自律的に農作業を行うスマート農機の確立である。農業界においては、高齢化による人手不足が他産業に比べて著しく、労働負荷の軽減、若しくは代替のニーズが大きい。これまでGNSSによる位置情報の取得により、圃場を自動で耕運するトラクター、田植え機等が実用化されている。トラクターの耕運作業であれば、仮に位置情報が乱れたとしても、既に耕運済みの圃場を重複して耕運する等、効率が若干落ちる程度で済む。しかし、既に作物の定植が済み、作物自体への作業を自動化する試みでは、その難易度は一気に跳ね上がる。わずかな誤差で機械が作物を踏み潰してしまい、経済的被害の発生につながる。今後は、GNSSの位置情報に加え、画像センサ、ライダー等の環境認識技術が本格的に導入され、より細かい制御が可能になり、スマート農機が適応できる農作業のシーンは拡大していく。

 もう一つの革新はビジネスモデルである。農機のスマート化が進み、それらを統合管理するクラウドの仕組みが整うと、スマート農機を活用した作業代行サービスが台頭する。スマート農機は既存農機に比べて農業者の実益が十分伝わっておらず、農業者が購入をためらうこともある。企業側は、これらのスマート農機の費用回収を具体的な成果と連動させるサブスクリプションにしたりするなど、様々な工夫を講じている。例えば、オプティムは、ドローンを活用した農薬のピンポイント散布のソリューションを枝豆等の栽培農家に無償で提供する代わりに、当該枝豆を相場価格で全量買取し、減農薬枝豆として高値で販売することで利益を稼ぐ。最近サービスインしたベンチャー企業のinahoは、アスパラガスの自動収穫ロボットを売上の15%の費用で提供する。一般的に農業者は労働集約的であり、農作業の負担軽減・代替によって生じる余剰時間を新たな付加価値活動に即座につなげにくい。そのため、筆者はサービス化・サブスクリプション化の流れが急速に進むとは考えていない。ただし、サービス化・サブスクリプション化の本質は、スマート農機のシェアリングによる農機具コストの平準化・低減である。農作業のサービス化の流れを汲み、農業経営をアセットライトに変容することで、新たに勝機を見いだす農業経営体が台頭することも考えられる。

 三つ目は、農業生産を起点とする種々のデータを活用した新たなサービス創出の流れである。環境制御が容易な閉鎖型の施設園芸を中心に、温度・湿度・飽差(※)、CO2濃度のコントロールにより、光合成を活性化させ、植物の生育速度を高める研究が進んでいる。今後は、外乱の大きい露地栽培においても、先述のスマート農機の技術革新と相まって、従来の人手の作業では難しかったきめ細かい作業が可能になる。そうすれば、植物の生育状況に応じた灌水・施肥・農薬散布等の調整につながり、作物の収量および品質の安定化に寄与する。われわれ創発戦略センター農業チームは、一般的な路地野菜農家で約32%の収支改善が可能と試算している。これらのデータは、農業生産への適応のみならず、より付加価値の大きい食品流通・販売等、サプライチェーン全体に適応する動きも加速させる。スマート農機で取得するデータから作物の収穫時期・量を高精度に予測し、作物の調整・出荷作業・ロジスティクスの最適化や、消費者への農薬の散布履歴等の安全性・農業者の創意工夫の訴求が可能になる。国策として新たな流通プラットフォームを発足する動きもあり、将来が非常に楽しみな分野である。

(※) 飽差・・・ある温度と湿度において、水蒸気が飽和するまでにどの程度の水蒸気の量が必要かを示す指標
http://lib.ruralnet.or.jp/genno/yougo/gy087.html


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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