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「量子コンピュータ」の捉え方

2019年11月12日 後藤紘一郎


【要旨】
●量子コンピュータが従来のコンピュータでは到底解決できない諸問題を解決し、ビジネス構造を変える可能性を秘めていることから「スーパーコンピュータの性能をはるかに超える夢のマシン」として注目を集めている。
●ただし、量子コンピュータはあらゆる計算機を代替する存在ではなく影響を与える領域は限られる。業界や自社事業への影響をしっかりと目定めた上で、投資判断やノウハウ蓄積のための方策を検討すべきである。


はじめに
 近年「スーパーコンピュータの性能をはるかに超える夢のマシン」として注目を集める量子コンピュータは、理論面での基礎研究自体は1980年代から行われてきた技術である。それが2010年代後半から実機での実験も含めた実証が進み、改めて注目が集まっている。2019年9月には、「量子スプレマシー(量子超越性)がGoogleによって実証された」との記事が報じられ大いに話題になった。また2019年10月には自民党が量子技術の取り組みを後押しする「量子技術推進議員連盟」を設立する等、国内外で実用化・社会実装に向けた動きが活発化している。
 量子コンピュータは、従来型の(既存の)コンピュータとは全く異なる方式で一部の計算を超高速に演算できる機械である。ある特定の条件下では従来型のコンピュータよりも1億倍の計算能力を実現できると言われており、もし実用化されれば様々な社会変革が起きると考えられている。
 とはいえ、ほとんどの人々にとって、「量子コンピュータ」はあくまで「夢のマシン」のままであり、どのように向き合えば良いのか判断しかねたまま、傍観者となっているのではないか。
 本稿では技術的な解説は最小限に留め、ビジネスへの影響を評価や量子コンピュータへの取り組み方を検討する際に抑えておくべき要点を述べたい。

量子コンピュータの基礎理解
 量子コンピュータとは、一般的に「量子効果に起因する計算能力向上がある」と考えられている計算機のことを指す。従来型のコンピュータは、電圧・電流の大小により「0」と「1」を区別する「ビット」でデータの表現や演算を行っている。それに対し量子コンピュータは、一度に複数の状態(「0」でもあり「1」でもある”重ねあわせ状態”)をとることができる量子ビット(Qビット)単位でデータを扱うことが出来る。つまり、量子ビットを10個用意すれば、2の10乗=1,024通りの状態を確定させることなく保持できる。この特徴をうまく活かすことで、従来よりも同時に多くの演算処理を行うことが可能になる。
ただし、量子コンピュータは全ての従来型コンピュータの演算機能を代替する万能な存在ではなく、「特定の条件下」においてその性能を発揮出来るという認識を持つことが必要である。
 上記のような量子状態を活かすことの出来る計算問題は現状では限定的であり、既に確立しているものとしては、素因数分解、探索問題、量子シミュレーション(分子構造のシミュレーション等)、組み合わせ最適化問題等に留まる。これらの問題では、従来型のコンピュータ(スーパーコンピュータも含む)が現実的な時間内に解けないものでも高速に演算が実現される可能性がある。

社会・産業界への影響
 量子コンピュータは得意とする計算分野が限られるため、変革が起こる領域を見極めることが重要となる(業界によっては大きな影響を受けないという結論もあり得る)。
 研究機関、民間企業、官公庁等によって量子コンピュータに関する将来予測および、その活用が期待される分野が示されているが、特に量子コンピュータによる影響が大きいと考えられている業界としては「自動車・運輸」「金融」「製薬・化学・材料」「情報通信」等が挙げられる。
 まず比較的短期的に実用化されると考えられている分野が、量子シミュレーションと組み合わせ最適化問題の領域である。前者では製薬・化学・材料業界の研究開発が飛躍的に効率化される可能性があり、後者では「巡回セールスマン問題」と呼ばれる計算問題の高速計算により、自動車・運輸業界において物流やタクシーの大規模なオペレーション最適化(運行ルート等)が実現する可能性がある。また、組み合わせ最適解以外の状態(近似解)を一定の確率分布に従ってとってしまう欠点を逆に利用し、「機械学習」の効率的なサンプリングに利用しようとする研究も注目を集めている。AI(人工知能)の学習速度向上に寄与することが出来れば、社会に広く影響を与えることになるだろう。その他、組み合わせ最適化問題は応用範囲が広く、集積回路設計や荷台における荷物の配置最適化、工場設備の駆動最適化等、様々な社会問題や経営課題の解決が期待される。
 上記以外では、金融業界において探索問題への適用により金融資産のポートフォリオ最適化が行われる可能性がある(多種多様なリスクの相互関係把握等)。また素因数分解の高速化実現により将来、RSA暗号を始めとする素因数分解を基とした暗号方式が容易に破られるようになるのではないかと言われている。新たな暗号システムの開発・交換には多大なコストがかかるため、情報通信業界を中心に社会システムへの影響は大きくなる。

「夢のマシン」との付き合い方
 産学連携でのコンソーシアムの設立やIBM「Quantum Experience」、D-WAVE「Leap」といったクラウドサービスの提供等により、利用者側の取り組みも活発化している。
 自動車・運輸業界を例にとると、独Volkswagen社ではオンデマンドMaaS(Mobility as a Service)時代を見越した交通の最適化に対しての量子アニーリングマシン適用を検討しており、論文を発表している。また、デンソーは豊田通商と共にタイのバンコクで、渋滞解消などのコネクテッドサービス実現に向けた実証実験を2017年末頃から開始している。その他、FA(Factory Automation:工場自動化)に向けた工場内の無人搬送車のリアルタイム運行最適化や、機械学習の学習効果向上等にも取り組んでいる(2018年7月には東北大学との共同研究)。
 また情報通信業界では、リクルートコミュニケーションズが自社グループのウェブサービスにおけるレコメンデーション最適化に向けた取り組みを2016年頃から開始、一定の効果が出たとしている。また、組み合わせ最適化問題を数式化すれば簡単にイジングモデルに変換できるツール「PyQUBO(パイキューボ)」を独自開発し、2018年にオープンソースとして公表した。
 これらのケースを見るに、到底解決できないと言われてきた諸問題を解決し圧倒的な業務効率化やサービス高度化を目指すと共に、業界のビジネスモデルが根本から変わる可能性を想定して先行的に取り組みを進めていることが分かる。上記のような取り組みが、将来、競争力強化だけでなく、ビジネスモデル変革によって開拓される新市場におけるデファクト獲得(Winner takes all)につながる可能性もある。またAI時代到来の際と同様に、量子コンピュータにおいても技術と事業をつなぐ存在が必要になることが想定されるため、現在から人材育成・ノウハウ蓄積に取り組むことには大きな意義があるだろう。

おわりに
 Google、IBM、D-Wave等の量子開発企業や、国内外の研究機関で技術開発が進むものの、実用化(実ビジネスでの運用に至る)にはハードウェア、ソフトウェアの両面で技術課題が山積しているのが現状である。本当に実現するか、いつ実現するか、研究者でも分からないという(実用化時期は2030年とも2040年とも言われている)。
 そのような不確実性があることを前提としながらも、長期的な目線で先行投資を行うか否か、その用途や事業へのインパクトを評価し、将来のビジネス変革の可能性も踏まえて検討を進めるべきである。
 そして、各企業が量子コンピュータという技術に対して、外部連携も含めてどのような立ち位置で携わっていくかを検討し、取り組みを実践する中で、様々な産業でイノベーションの種が撒かれることを期待したい。


出所:日本総研作成


出所:日本総研作成


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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