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【地域発イノベーションを考える】
人口減少時代を生き抜く中小企業の「共同化」戦略
―マインドを共有し新たな未来をともに創る企業間連携

2019年08月14日 佐藤善太


 人口減少とそれに伴う市場環境の変容は、これまで地域経済を支えてきた全国各地の基幹産業に大きな打撃を与えている。厳しい環境を生き抜くため、基幹産業を担う企業にとっては、個々の経営改革のみならず、他の企業とともに研究開発・生産・加工・販売・流通等の「共同化」を進めて、事業の合理化を図ることも重要な選択肢となる。しかし、「共同化」の相手となり得る企業は、地域で競い合うライバルでもある。互いに近い存在であることは、「共同化」を実現するうえでの壁にもなる。宮城県沿岸部の2つの老舗蒲鉾屋の取り組みは、こうした壁を乗り越え、「共同化」を実現するためのヒントを提供してくれる。

 宮城県沿岸部の株式会社及善商店(南三陸町)と株式会社かねせん(気仙沼市)は、ともに創業100年を超える老舗蒲鉾屋である。蒲鉾を含む水産加工品の製造・販売は三陸地域の基幹産業であるが、市場は縮小傾向にあり、かねてから厳しい環境にさらされてきた。それに加えて両社を襲ったのが東日本大震災である。海岸近くに構えていた工場や販売店は全て津波によって失われた。両社ともに仮工場・店舗で営業を再開したものの、人口減少や消費者の嗜好の変化に対応していくためには、新たな事業展開が必要であった。
 そんな中、2017年10月に及善商店・かねせんの30代の若手後継者が共同で設立したのが、新会社・三陸フィッシュペースト株式会社(SFP)である。SFPは「常温」で「長期保存」が可能な笹蒲鉾を開発し、2019年1月から販売を開始した。従来の蒲鉾は冷蔵保管が必要で、賞味期限が短かったが、SFPは蒲鉾の加工方法を見直す試行錯誤を繰り返すことでこの問題を克服し、業界の常識を覆した。魚食の文化を次世代に伝えるべくターゲットを子どもに設定した新商品「旅するかまぼこ」はメディアの注目も集め、月1万袋以上のヒットを記録した。場所を問わず陳列可能で、長期保存可能な特性を活かし、全国、ひいては海外へのさらなる販路拡大が視野に入れられている。
 新商品の革新性に加え、注目すべきはSFPにおいて及善商店・かねせんが明確な役割分担を行っていることである。及善商店は2017年6月に新工場を再建したが、かねせんは現在も仮工場で生産を続ける。SFPにおいて両社共同で商品開発・営業・販売を行いつつ、焼きの製造過程を及善商店の新工場、レトルト加工を外部の会社、包装をかねせんで行う分業体制を築いている。既存の経営資源を活かし、新たな投資を抑える役割分担が実現されているといえる。
 ところで及善商店・かねせんは、元々、隣接する地域で蒲鉾を製造販売する競合企業である。しかもともに100年を越す歴史と矜持を持つ老舗企業である両社が、なぜ手を取り合うことが出来たのであろうか。そのきっかけは、震災復興を担う地域リーダーの育成に向け、全国の経済界有志の協力の下、気仙沼市で5期にわたり開催された経営人材育成塾(経営未来塾)である。及善商店の後継者は第3期、かねせんの後継者は第4期の卒塾生である。2人はそれぞれ経営未来塾を通じて自社と地域の未来を切り拓くべく、新商品開発を通じた新たな蒲鉾の魅力の発信、消費拡大のプランを練った。厳しい市場環境への危機感と将来に向けたビジョンを共有する2人が経営未来塾を通じてつながり、意気投合し、互いに手を結んで新会社設立に進むこととなる。

 SFPにおける「共同化」では、蒲鉾業界の抱える課題を捉え、それを解決する付加価値を持つ商品を開発することで、及善商店・かねせんの2社がそれぞれ新たな市場を開拓する契機を得た。また、両社は明確な機能分担を行い、既存の経営資源を活かし過剰投資を抑える生産体制を築いている。中小企業の「共同化」を成功に導くうえで、こうした事業戦略・事業構造のデザインは欠かせない。それに加え、地域の老舗企業同士が経営未来塾という場を通じて、市場環境に対する危機感と未来に向けたビジョン・マインドを共有したことも、近い存在であるがゆえの壁を乗り越えて「共同化」を実現するうえで重要な要因になったといえる。
 地元経済を支える基幹産業の再生を目指す地域や、その担い手となる中小企業にとって、合理的な事業戦略・事業構造のデザインと、企業同士が危機感とビジョン・マインドを共有する場づくりから同業者の「共同化」を実現したSFPの事例は、一つのモデルケースとなるであろう。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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