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アジア・マンスリー 2019年8月号

減速が見込まれる先行きのアジア経済

2019年07月26日 塚田雄太


堅調を維持していたアジア新興国・地域の景気が、2018年後半以降減速トレンドに転じている。先行きも、米中対立の長期化やインフラ投資の増勢鈍化などから全体として減速基調が続くと見込まれる。

減速トレンドに転じたアジア経済
総じて堅調に推移していたアジア景気が2018年後半以降、減速トレンドに転じている。

この背景として、以下の3点を指摘できる。

第1に、輸出の不振である。これには米中摩擦などいくつかの要因があるが、なかでもIT需要の鈍化が大きく影響した。世界の半導体市場は、スマートフォンの普及一巡やデータセンター投資の一服などを受け、2018年後半から急速に冷え込んだ。電子機器・同部品輸出はアジア新興各国・地域の名目輸出の約2割を占めており、この冷え込みが輸出を大きく下押しした。第2に、投資の減速である。中国では、政府が昨年、過剰債務問題の是正に向けてデレバレッジ政策を強化したため、固定資産投資が急速に縮小した。また、韓国では、過去数年の投資促進策などの結果、大企業を中心に過剰投資となっていたことが投資手控えに繋がった。さらに、ASEAN5やインドでは、米国に追従した利上げなど引き締め的な金融環境が民間の投資活動を抑制した。第3に、消費の弱含みである。NIEsやASEAN5では、利上げの影響に加え、輸出減少や一次産品価格の下落による関連産業における労働者の所得環境悪化で消費が減速した。一方、インドでは2016~17年の政策に起因する経済混乱の反動によるペントアップデマンドの一服などで消費の増勢が鈍化した。

先行きの景気を左右する上下双方向の要因
アジア経済の先行きを展望するにあたっては、景気に対する上下双方向の要因、それぞれ三つを考慮する必要がある。
まず、下押し要因として、第1に輸出の低迷が挙げられる。2018年7月から始まった米中間の関税引き上げの応酬は、中国の対米輸出だけでなく、グローバル・サプライチェーンを通じてNIEsやASEAN5、インドの対中輸出も急速に下振れさせている。米中対立が長期化の様相をみせるなか、輸出が早期に回復に向かう展開は期待薄である。さらに、5月末に米トランプ政権はインドを一般特恵関税制度の対象から除外することを発表した。米国向けはインドの総輸出の15%に達するため、今回の措置は今後のインド輸出の大きなマイナス要因となる。第2が半導体需要の下振れである。米国は2019年5月中旬に、中国大手通信機器メーカーに対して、米国からの輸出や、米国企業の製品を25%以上含む海外製品の供給を原則禁止する制裁を発動した。これにより、同社のスマートフォン販売は4,000万台減少すると見込まれている。これは、2018年の世界携帯電話出荷台数の2%に相当する。この結果、東アジアの電子部品産業のサプライチェーンを通じて、2019年後半以降のアジア経済に下押し圧力をもたらすであろう。第3にインフラ投資の増勢鈍化である。ここ数年、ASEAN5ではインフラ整備の拡充が景気のけん引役の一つになっていた。しかし、足元では財源不足により、このけん引力に陰りが見え始めている。実際、ASEAN5の財政収支は全ての国で赤字であり、政府債務残高もベトナム、マレーシアは新興国平均を上回る高水準にある。このため、財政赤字拡大によるインフラ整備向け予算の大幅な積み増しは実施しづらいであろう。

他方、押し上げ要因も三つある。一つ目は、米中対立が中国以外のアジア新興国・地域経済に「漁夫の利」的なプラス効果をもたらすことを挙げられる。足元でも、少なからぬ企業が、関税引き上げの影響を避けるために、米国向け輸出について中国から周辺アジア各国へと輸出拠点をシフトさせている。今後は、ASEAN5やインドへの生産移管が本格化してくると予想される。これは、ASEAN5やインドが、中国に比べ労働コストが安いことに加え、消費に積極的な中間層が台頭するなか、最終財の消費市場としても有望なためである。二つ目は、利下げ効果の発現である。2019年入り後、多くのアジア新興各国の中銀は利下げに転じた。先行き、米国の利下げ転換が確実とみられるため、通貨急落リスクは大幅に低下している。また、世界景気の減速で資源価格の上昇余地が限られるなか、インフレ高進リスクも小さいとみられる。このため、今後も各中銀は金融緩和スタンスを徐々に強めていくであろう。三つ目が、世界的なデジタライゼーションの進展に伴う中期的な半導体需要の拡大である。前述の通りスマートフォン市場は当面低迷が続くものの、半導体の利用用途は様々な分野に拡大している。とりわけ、本年から世界各国で通信規格の5G化に向けた投資が本格的に始まる見通しであり、基地局向けの半導体需要の増加や、通信量の増大に伴うデータセンター整備の拡大が中期的に続くと見込まれる。これらは、再構築されつつある電子部品産業のサプライチェーンを通じて、アジア新興各国・地域の景気を下支えしよう。

先行きも減速トレンドながら底堅さは維持
以上を踏まえ、今後のアジア景気を展望すると、全体としては減速トレンドが続くと見込まれる。ただし、上記に示した三つの上押し要因が徐々に顕在化してくることで一方的な減速は回避されよう。もっとも、国・地域別では、成長ペースにややばらつきがみられそうである。ASEAN5やインドでは、代替輸出や生産移管といった米中対立の「漁夫の利」や利下げ効果が発現してくることで、底打ちから持ち直しに転じよう。中国は、米中対立の影響を直接的に受けるものの、政府が財政・金融両面で政策を総動員し景気下支えを図るため、大幅失速は回避できると予想される。一方NIEsでは、IT需要の底打ちで最悪期は脱するとみられるものの、設備過剰感が根強く残るなか、潜在成長率並みの成長ペースが続く見込みである。
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