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JRIレビュー Vol.9,No.70

【特集 実装段階に入った社会・経済のデジタル変革】
デジタルで変容するヘルスケアビジネスとわが国の課題

2019年08月08日 田谷洋一


様々な産業においてデジタル変革(デジタル・トランスフォーメーション)が進展するなか、ヘルスケア分野においても、デジタル技術やデータを活用した新たな取り組みが始まりつつある。近年のヘルスケアビジネスでは、アメリカを中心に、最新の技術を活用して生活活動データから個人の状況を把握し、個々の利用者の状況に応じて最適化するデジタルヘルスケアサービスが広がりつつある。この背景には、デジタル技術が利用者に応じた健康増進サービスを提供するコストを劇的に低下させたことがある。このようなサービスへの認知度や利用意向は、アメリカのみならず中国やインドなどの途上国でも高く、今後世界で広がる可能性が高いものの、わが国での認知度や利用意向は比較的低い。

アメリカでは、新たなデジタル技術を活用して、個人の行動や生活活動データを中心とするライフログの医療機関での活用や、データ分析による病気の発症予測など、予防分野と診断・治療分野を連携させる取り組みが進んでいる。このような取り組みが進展する背景には、デジタル時代に対応したFDA(アメリカ食品医薬品局)の規制変更や、品質を重視する医療(Value-based Care)への転換が挙げられる。この結果、ヘルスケアビジネスに参入する企業が増加し、様々なデジタルヘルスケアサービスが生まれている。

わが国は世界有数の長寿国といわれるほど平均寿命が延伸しているものの、健康寿命は約10年短いため、高齢者医療費の持続的な増大に繋がっている。平均寿命と健康寿命の差となる非健康期間の短縮には、国民の健康増進に向けた意識の向上が重要であるが、世界的にも充実した医療提供体制であるわが国では国民自らの医療コスト意識が低いため、健康意識も高まりにくい。このようななか、世界的にも広がりつつあるデジタルヘルスケアサービスをわが国でも普及拡大させることが国民の健康意識を向上させるきっかけになると考えられる。

わが国政府のデジタルヘルスケアにおける取り組みは、医療分野に限定されたものが多く、健康増進や予防医療を主眼とした施策はまだ存在しない。もっとも、構想段階ではあるが、デジタル技術を活用した予防医療のアクションプランも示されている。一方、民間企業では医療機関と連携してライフログを診断・治療に利用するサービスも現れている。また、個々の利用者のライフログから最適化された健康増進メニューを提供するサービスや、健康指導を行うサービスも登場するなど、健康寿命の延伸に向けた取り組みが始まっている。このような民間企業の動きが広がり、国民の健康意識の向上に繋がれば、健康データの有効性の認識が高まり、診断や治療へ活用することも期待できる。

わが国でのデジタルヘルスケアサービス普及の方策を検討してみると、医療体制の違いからアメリカで生じたような規制変更や品質重視医療への転換を近い将来期待することは難しい。むしろ、政府がライフログの有効性評価や、ライフログと医療データの統合管理に向けたインフラ整備を進めることによって、ライフログの活用の拡大を図ることを検討すべきであろう。ライフログをはじめ個人の健康に関する様々なデータを収集し、ヘルスケア施策の効果を検証し、エビデンスを蓄積していくことが重要である。デジタル技術やデータを活用したヘルスケアの取り組みが拡大し、健康改善効果が医学的にも証明されることになれば、個人の健康意識の向上や健康寿命の延伸に繋がるばかりでなく、未病段階でのデータを活用して診断・治療の質の向上にも繋がることが期待される。多くの国民の健康意識を高めてデジタルヘルスケアサービスの利用を促すには、企業の健康経営の認定要素としてデジタルヘルスケアサービスの利用を取り入れることも一案であろう。
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