コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

オピニオン

SIB黎明期から成長期に向けて~公募型SIB事業からの考察~

2019年07月25日 黒澤仁子、青山さくら


 令和元年6月11日、大牟田市が要支援・要介護者自立支援・重度化防止業務(以下「大牟田市事業」)の公募を開始しました。日本総合研究所(以下「日本総研」)は、経済産業省から受託した平成30年度健康寿命延伸産業創出推進事業の一環として事業条件の検討から公募支援まで実施しました。
 大牟田市事業の特徴は二つあります。第一に、日本でまだ事例の少ない介護予防分野のSIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)事業である点です。
 先月閣議決定された成長戦略実行計画(令和元年6月21日)にもあるように、日本では医療・健康、介護、再犯防止の3分野をSIB含む成果連動型民間委託契約方式の重点分野に位置付けています。平成31年度現在、18件のSIB事業が組成されていますが、そのうち医療・健康分野が10件(約56%)、介護分野が3件(17%)、その他分野(教育、里親支援、就労支援等)が5件(約28%)、再犯防止分野は0件(現在法務省にて検討中)であり、重点分野のうち介護、再犯防止分野の事業はまだ少ないのが実情です。したがって、大牟田市事業は今後普及が見込まれる介護分野SIB事業のベンチマークと言えます。
 第二に、サービス提供者の選定に公募プロポーザル方式(以下「公募方式」)を導入している点です。日本総研の調査によると、既存のSIB事業のほとんどは特命随意契約であり、大牟田市事業と豊中市「『豊中市在住・在勤の喫煙者に対する禁煙支援事業』民間資金を活用した成果連動型業務」(以下「豊中市事業」)の2事業で公募方式の導入が確認されています。



 日本総研はこれまで、日本初の本格的SIB事業である神戸市「糖尿病性腎症重症化予防事業」、八王子市「大腸がん検診受診率・精密検査受診率向上事業」をはじめ、複数のSIB事業化支援を行ってきました(いずれも経済産業省健康寿命延伸産業創出推進事業の一環にて実施)。支援の都度、民間事業者の選定方法について議論になりますが、前例がなく募集要項や仕様書、選定基準などをゼロから検討、策定しなければならないことから、これまで公募方式を導入した事業はなく、結果的に大牟田市事業が初の取り組みとなりました。

 公募方式のSIB事業が特命随意契約のSIB事業と大きく異なる点は、事業化検討段階で特定のサービス提供者を想定していないという点です。大牟田市事業では、この相違点が、主に「成果指標の設定」と「民間事業者の選定基準」の検討・設定に影響を及ぼしました。

●成果指標の設定における変化
 SIBは、行政が発注した成果(社会課題の解決)に対して、民間事業者が自らの資金とノウハウでそれに資する取り組みを行い、成果の達成度に応じて行政が対価を支払う官民連携手法です。行政が発注する成果は、成果指標を設定して管理します。したがって、成果指標は、原則として、成果と直接的な因果関係を有するアウトカム指標が採用されます。
 しかしながら、現在の日本のSIBの課題の一つとして、成果達成のトラックレコードがなく、サービス提供者、資金提供者の参画ハードルが高いことがあります。 対応策として、既存のSIB事業では、アウトカム指標に加えて、サービスの結果を表すアウトプット指標(サービス内容を踏まえて設定する)を成果指標とするケースが多数あります。例えば、神戸市糖尿病性腎症重症化予防事業では、アウトカム指標に加えて、アウトプット指標を中間指標として設定しています。これにより、サービス提供者は計画通りにサービスを提供することによって、アウトプット指標に基づいて対価が支払われることから、対価が支払われないリスクを低減することができ、参画ハードルが下がります。一方で、必ずしも成果への対価とは言えないという問題もあります。
 大牟田市事業は、事業化検討段階で特定のサービス提供者を想定しておらず、サービス内容が不明であることから、アウトプット指標を設けることは困難です。結果として、アウトカム指標が成果指標となり、「成果への対価」の形に近くなりました。また、サービス提供者等の参画ハードルを下げるために、事業者が提案した中間指標に基づいて対価の一部を支払うという仕組みを導入しました。この仕組みは、同時期に公募を開始した豊中市事業とも類似しています。

●民間事業者の選定基準における変化
 検討段階から特定のサービス提供者が想定される場合、契約にあたり、事業者に対する行政の評価の視点はサービス内容です。サービス内容の先進性や、いかに高い成果が見込まれるサービスであるかといった点を評価します。
 では、特定のサービス提供者がいない場合には何を評価して事業者を選定するのか。どのサービス内容が最も高い成果を上げるのかを評価するのは現実的に難しいことから、大牟田市事業では、「提案するサービス内容が高い成果を創出するであろうことを示す実績やエビデンス」に加えて、「成果創出の体制」、「成果創出において出現するリスクとその管理方法」、「安定した資金調達方法」等を選定基準としました。つまり、サービス内容だけでなく、「いかに高い成果を上げるか」という視点から、高い成果を創出するための事業管理の妥当性・実現性を評価します。
 SIBとは成果に着目した仕組みです。行政は民間事業者に対して、特定のサービスの提案ではなく、成果を上げることを求めます。したがって、民間事業者には、極端に言えば、仮に成果達成の進捗が芳しくなければ、サービス内容を変更する措置も取りながら成果を上げることが求められます。大牟田市事業の選定基準は、結果的にSIBの理念に近づいた形となりました。

 筆者らは長らくPFIの事業化アドバイザリー業務に携わっていますが、SIB事業はPFI事業との類似性が見られます。つまり、サービス内容を評価する特命随意契約方式のSIB事業は、高品質低価格のサービス内容を評価するサービス購入型PFIに、高い成果を創出するための事業管理の妥当性・実現性を評価する公募方式のSIB事業は、経営を期待するコンセッション(公共施設等運営権方式)に類似しています。
 近年導入が進んでいるコンセッションは、経営資源の効率的配分やリスク管理といった“経営能力”に期待して民間事業者を選定します。つまりこの「民間事業者」とは、資金提供者や事業マネジメントを担う事業者です。民間事業者は、経営資源の不足や偏りが生じると、サービス内容やサービス提供者を柔軟に変更し、安定した経営を維持します。
 日本では、従来、社会課題解決の実施主体は行政でしたが、その門戸を民間に開くツールとしてサービス提供者を中心にSIBへの注目が高まり、サービス提供者が案件形成を主導してきました。昨年度には、日本初の本格的SIB事業である神戸市、八王子市事業において中間成果が報告され、各事業とも目標を上回る成果を上げていることが確認されました。これまでの日本におけるSIB事業の拡大は、高い成果が期待される高品質のサービス提供者に支えられてきたと言えます。



 一方、SIBで先行している欧米を見ると、案件組成を専門とする組織や事業リスクを負う資金提供者が主体となって、複数のサービス提供者の統括や成果の進捗管理といったマネジメントを行うことで、成果創出に取り組んでいます。つまり、サービス提供者ではなく、事業全体のマネジメントを行う主体が、PFIで言うところのコンセッション的な視点でSIB事業を推進しています。
 日本においても、今後、さらに高付加価値でイノベーティブなSIBを組成し実施するためには、成果達成に着目し、成果のマネジメントという視点の仕組みやマネジメントの担い手育成が重要と考えます。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ