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アジア・マンスリー 2019年3月号

行き詰まるベトナムの輸出偏重成長モデル

2019年02月18日 塚田雄太


ベトナム経済は、極端な輸出主導モデルで高成長を実現した。しかし、それは環境変化のなかで行き詰まりつつある。今後は国内経済基盤の充実に向けた改革の成否が持続的成長のカギとなる。

■順調な成長を続けるベトナム経済
2000年代入り以降、ベトナム経済の順調さが際立っている。実質GDP成長率は、リーマン・ショックや不動産バブル崩壊などで一時的に落ち込んだ年もあったものの、2000~18年の間に年平均+6.6%で成長した。これは、高度成長期のマレーシア(1980年代:+5.8%、1990年代:+7.3%)やタイ(1980年代:+7.3%、1990年代:+5.4%)と比較しても遜色ない。さらに、人口動態面からみてもベトナム経済の成長可能性は大きい。消費に積極的といわれる中間層以上が2016年時点で6,000万人存在しているだけでなく、中間層予備軍である脱貧困層も2,500万人いる。加えて、ベトナムの総人口は、2060年頃まで増加を続ける見込みである。近年、ASEAN各国の内需に注目する日本企業が増加しているが、そうした企業にとって、ベトナム市場の可能性は魅力的に映るであろう。

そこで、以下では、ASEANの中でも後発組に分類されるベトナムが、これまで高成長を達成できた背景と、その成長モデルの持続可能性について考えてみたい。

■輸出偏重型の成長モデル
ベトナムの成長エンジンは輸出である。実際、ベトナムの輸出比率(実質輸出/実質GDP)は、一人当たりGDPが400ドル程度であった2000年時点で40%台と、同程度の所得水準時のマレーシア(30%台後半)やタイ(10%台後半)を上回っていた。さらに、輸出比率はその後急上昇し、2016年には109.5%に達している。

ベトナムでこのような極端な輸出主導型の成長モデルが定着した背景として、まず、ベトナム特有の歴史的経緯がある。ベトナム戦争後の1970年代、社会主義陣営に属することになったベトナムは、計画経済と急速な工業化を軸としたソ連型の成長モデルを目指したが、すぐに暗礁に乗り上げることとなった。農作物が安価かつ強制的に国に買い上げられるなか、農民の生産意欲は減衰し食料生産は大幅に減少した。政府は食料不足を輸入で賄ったものの、大量の食料輸入に対する外貨の割り当ては工業化に不可欠な工場設備などの輸入を圧迫し、結果的に工業部門の活動を大きく低下させた。さらに、低価格での国有企業への原材料供給や国民への配給は、国の財政赤字を急速に膨張させることとなった。このように経済運営が行き詰まるなか、1986年にベトナム政府は「ドイモイ」と呼ばれる政治・経済の改革路線に舵を切った。もっとも、改革路線を進めようにも国内経済は計画経済の失敗で疲弊し切っていたため、政府は対外開放と輸出をテコとする戦略を採るほかなく、外交関係の正常化やインフラ開発など、外資導入と輸出振興を目的とした投資環境整備を進めた。
こうしたべトナム固有の事情に加えて、経済のグローバル化もベトナムの輸出主導型成長を後押しした。1980年代半ば以降、円高により輸出競争力が低下した日本企業や労働コストが上昇したNIEs企業は、労働コストの安い東南アジア各国に生産拠点の移転を進めた。加えて、電気機器や電子部品産業では、部品のモジュール化が実現されたことで、生産工程ごとに技術レベルや採算に見合った国で生産する水平分業化が進められた。こうした動きは東南アジア各国が外資の製造業を誘致し、自国をグローバル・サプライチェーンにうまく組み込むことができれば、輸出を大幅に伸ばすことができる可能性を高めた。

このように、ベトナムはグローバル化を最大限に活用して成長した典型例ということができる。すなわち、ベトナム固有の歴史的経緯に、世界的な企業立地行動の変化が加わることで、大量の対内直接投資が流入し、ベトナムは加工・組立輸出の一大拠点となったのである。

■限界を迎える輸出依存
では、ベトナムは今後も輸出主導の高成長を続けることができるであろうか。以下の2点を踏まえれば、それは極めて困難とみられる。第1に、低賃金労働力の払底である。これまでベトナムは、低賃金の労働力を大量に投入することで輸出競争力を確保してきた。しかし、就業者に占める第2次産業の比率は既に17.4%(2017年)に達しており、労働力を大量に投入していく余地はあまりない。そのため、労働力の投入不足分は生産性の上昇で補う必要がある。とはいえ、生産性の向上には、労働者の教育水準の向上や新しい技術・知識の習得など時間を要するものが多いため、いずれ労働面から供給制約に直面することとなる。第2に、追加的な外資誘致の困難さである。ベトナムの輸出主導型成長を確固たるものにしたのが、韓国サムスンの進出であった。これにより、ベトナムの電子機器・同部品輸出は、中国などにおけるスマートフォンの急速な普及も追い風となって11年以降急増し、これに連動してベトナムの輸出比率も大きく上昇した。しかし、足元ではスマートフォン普及が一巡し、ベトナムの電子機器・同部品輸出が一段と加速する展開は期待しづらい。また、輸出比率を上げ続けようとすれば、第2、第3のサムスンの出現が必要であるが、それも、ベトナムの賃金上昇や、近隣アジア諸国での産業集積の形成を考慮すれば、実現のハードルは非常に高い。

■TPPをテコとした国内経済の立て直しがカギに
以上を整理すると、これまでのベトナムは低付加価値輸出に依存した成長モデルであり、その行き詰まりが徐々に明らかになりつつある。今後、輸出に強いけん引力が期待できなくなる中で、ベトナムが高成長を続けるためには、産業構造調整を通じた国内経済の体質強化に取り組むことが求められる。そのためには、透明性の高い行政機能や、国内市場における健全な競争環境、充実した国内インフラなどといった内需を強めるための各種基盤を整えていく必要がある。

現在、ベトナム政府は新たな成長モデルへの脱皮を試みているように見える。去る1月4日高いレベルでの市場競争環境を要求するTPP11を発効に漕ぎつけたことはそれを象徴する出来事といえよう。今後は、既得権益層の反発が見込まれるなか、このTPP11発効をテコに各種の構造改革をスピーディーに進めていけるかどうかが、ベトナム経済の中期的な展望を左右することとなろう。
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