アジア・マンスリー 2019年2月号
冷え込む韓国のシニア消費
2019年01月24日 成瀬道紀
老後の公的年金への不安などから、韓国のシニア層の消費不振が深刻である。ベビーブーム世代が60歳代に入りつつあるなか、シニア層の消費不振を改善できない限り、内需主導型成長の実現は困難だろう。
■冷え込むシニア消費
韓国のシニア層(60歳~)の消費不振が深刻である。日本の「家計調査」と韓国の「家計動向調査」を用いて、勤労者世帯の消費支出を比較すると、韓国では高齢になるほど消費水準が低下し、とりわけ世帯主の年齢が60歳以上の世帯で消費支出が大きく落ち込んでいる。消費支出は、可処分所得と消費性向という二つの要因に左右される。そこで、まず可処分所得をみると、日韓ともに50歳代をピークとして60歳代に入ると大幅に低下するカーブであり、ほぼ同じ構造になっている。一方、世帯主の年齢が60歳以上の消費性向は、日韓で大きく異なる。世帯主の年齢が60歳以上の消費性向は、日本では若い世代よりも大幅に高いのに対して、韓国では逆に若い世代よりも低くなっている。以上から、韓国のシニア層の消費支出が大幅に落ち込んでいるのは、消費性向が極端に低いことが主因であることが分かる。一般に、可処分所得が小さいと、食料・光熱費などの基礎的支出はなかなか減らせないため、消費性向が高くなるのが自然な姿である。それにもかかわらず、可処分所得が小さいシニア層で、消費性向が低くなっている韓国の状況は異例といえる。
■公的年金への不安
韓国の勤労シニア世帯の消費性向が低いのは、老後の生活の支えとなる公的年金に対する不安が大きいことが主因と考えられる。日本では公的年金は2階建てとなっており、一般的な勤労者(サラリーマン)は、国民年金に上乗せして厚生年金を受給することができる。2016年度の平均月額は、それぞれ5.5万円、14.8万円となっており、合計20.3万円受け取れる計算である。一方、韓国の公的年金の基本構造は国民年金のみの1階建てであり、その平均月額は32万ウォン(約3.2万円)に過ぎない。なお、韓国では低所得の高齢者の救済を目的とした基礎年金制度があり、低所得の高齢者に最大30万ウォン支給される。しかし、それを加味しても、最低限の生活を維持していくのも厳しい収入である。そのため、現役で働いているシニア層も目前に迫った退職後の生活に備え、少ない所得のなかでも消費を切り詰め、少しでも多くを貯蓄に回そうとするのである。
韓国の公的年金の支給金額が小さい要因としては、以下の3点が指摘できる。第1に、現役時代に支払う保険料率が低いことである。日本の厚生年金の保険料率が収入の18.3%なのに対して、韓国の国民年金では9%である。第2に、韓国では国民年金への税金投入がないことである。日本では国民年金の財源の半分を税金から補填している。第3に、韓国では国民年金の制度ができたのが遅いため、加入期間が短い受給者が多く、満額を受給することができないことである。韓国で現行の国民皆年金のかたちが整ったのは1999年のことである。国民年金は加入期間40年で満額支給となるが、そもそも国民皆年金となってからまだ20年ほどしか経っていない。このように公的年金が老後の生活保障として機能していない韓国の状況は、高齢者の貧困という深刻な社会問題を生み出すに至っている。実際、韓国の高齢者の相対的貧困率や自殺率の高さは国際的にみて突出している。これが、韓国の勤労シニア世帯の消費性向が極めて低い原因となっている。
さらに悪いことに、退職後の収入に対する不安感はますます高まっているとみられる。急速な高齢化を受けて、国民年金の所得代替率の引き下げと支給開始年齢の引き上げが行われているうえ、社会風習の変化や少子化により子どもからの財政的支援も期待しにくくなっているためである。この結果、韓国の勤労シニア世帯の消費性向は、水準が低いだけでなく、方向性としても低下傾向にある。
■今後の展望
勤労シニア世帯の消費不振は際立っており、それだけで韓国経済に無視できないインパクトを与えている。仮に韓国の勤労シニア世帯の消費性向が日本並みに高かったとすると、2016年時点のマクロの個人消費は3.3%上振れる計算になる。さらに、人口動態の変化による消費押し下げ圧力が強まっていく。足元でベビーブーム世代(1955~1963年生)が60歳代に入りつつあり、60歳以上の世帯数が急速に増加している状況にある。このため、仮に勤労シニア世帯の消費性向の低下に歯止めがかかると想定しても、こうした高齢化要因だけで、2030年の個人消費は現在よりも▲1.1%押し下げられる計算になる。60歳以上のシニア層の消費不振を改善できなければ、マクロの個人消費に対する押し下げ圧力は一層強まることになる。
文政権は、財閥企業を中心とした輸出主導型成長から、家計の所得増加を起点とした内需主導型成長への軌道修正を目指している。しかし、退職後の収入に不安を持つシニア層が急増していく限り、内需主導型成長の実現は覚束ない。高齢社会を迎え、内需主導型成長を目指すには、財政支出の拡大による社会保障の充実も選択肢として検討せざるを得ないだろう。