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アジア・マンスリー 2018年12月号

やや明暗分かれる2019年のアジア経済

2018年11月26日 塚田雄太


アジア景気は総じてみれば堅調に推移するものの、インフラ投資や中間層の台頭で底堅く推移するASEAN・インドと、製造業依存からの脱却ができず減速する中国・NIEsで微妙に明暗が分かれよう。

1.アジア景気は総じて堅調に推移
2018年後半もアジア景気は、総じてみれば堅調に推移している。しかし、国・地域別でばらつきが見られるようになった。

まず、減速傾向が見られるのが、中国とNIEs(韓国、台湾、香港)である。中国は、2018年7~9月期の実質GDP成長率が前年同期比+6.5%と2四半期連続で減速となった。この背景には、①政府によるデレバレッジ政策の強化、②米中貿易摩擦を受けた製造業の生産・投資抑制、③小型車減税措置終了などを受けた自動車販売の減少がある。また、NIEsは、世界的なIT需要が一服したことで主力の電子部品・デバイス輸出が落ち込んだため、7~9月期が成長率は同+2.2%に急減速した。もっとも、NIEsの景気減速については、IT需要が盛り上がった2017年の成長率が高すぎた面があり、NIEs経済は巡航速度に落ち着く過程にあると評価すべきである。

一方、景気の底堅さを維持しているのがASEAN5(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナム)とインドである。ASEAN5では、各国が積極的に進めるインフラ投資が景気のけん引役となったほか、タイやベトナムでは世界景気の拡大や外資企業の新工場稼働などを背景に財輸出も堅調で、7~9月期の成長率は同+5.0%と引き続き高め伸びを維持した。インドは、2016年11月の高額紙幣廃止や17年7月の物品・サービス税導入に伴う混乱が収束するなか、堅調な消費とインフラ投資に支えられ、2018年にかけて成長率の回復が明確化している。7~9月期のGDPは未発表であるものの、夏場に株価が連日最高値を更新したことなどを踏まえれば、引き続き高めの成長となった可能性が高い。

以上のようなアジア新興各国・地域をめぐる経済情勢は、10~12月期入り後も大きく変わっていないとみられる。2018年のアジア全体の成長率は+6.3%になると予想する。

2.2つの懸念材料
アジア景気の底堅さが2019年以降も持続するかを見極めるにあたって、足元では①アジア新興国からの資金流出、②米中貿易戦争という2つの懸念材料が浮上してきている。

①アジア新興国・地域からの資金流出
アジア新興国・地域では、2018年半ば以降、米国の利上げや中国景気の減速懸念、米中貿易戦争に伴うリスク回避の動きなどから資金流出が顕著になった。このため、多くのアジア新興国・地域通貨の対ドルレートは減価し、特に経常収支赤字と財政収支赤字という「双子の赤字」を抱えるインド、インドネシア、フィリピンの減価幅が大きくなった。こうした通貨安は、様々な影響を与えている。例えば、フィリピンでは9月のインフレ率が+6.7%に達したほか、インドネシア、フィリピン、インドでは2018年夏頃から中央銀行は断続的に政策金利の引き上げに踏み切った。こうした物価上昇や政策金利の引き上げは景気に対してマイナスの影響を及ぼす。

先行きも、アジア新興国・地域から資金が流出しやすい状態が続くとみられる。もっとも、米国の利上げが2019年半ばで打ち止めが見込まれることや、欧州の金融正常化は経済情勢を見極めつつ慎重なペースで実施されると考えられることから、アジア新興国・地域通貨の減価ペースは緩やかなものとなろう。これに加え、既に各国・地位政府が燃料補助金など物価安定策を講じつつあることを踏まえれば、インフレ率は2019年入り後に、中銀のターゲットレンジ内に収束していくと考えられ、各国・地域の金融政策についても、利上げに向けた切迫感も緩和するとみられる。そもそも、リーマンショック後に大幅に引き下げられたアジア新興国・地域の政策金利水準は、歴史的に低水準にあるため、仮に金利の引き上げが続いたとしても、アジア版金融政策正常化の範疇を出るものではない。以上を踏まえると、2019年以降の資金流出によるアジア新興国・地域の景気へのマイナス影響は十分にコントロール可能と判断される。

②米中貿易戦争
2018年7月6日の米国による対中輸入品340億ドル相当への25%の追加関税と、それに対する中国の報復関税措置を皮切りに、米中貿易戦争の火ぶたが切られた。これに伴うアジア経済への影響をみると、中国では製造業企業を中心に生産抑制や投資マインドの悪化がみられるものの、中国以外のアジア新興国・地域では、今のところ目立った影響はみられない。実際、アジア新興国・地域の名目ドル建て輸出は、足元まで前年比プラスを維持している。

2019年以降も、米中のつばぜり合いが続くとみられるなか、中国の対米輸出は弱含むとみられる。しかし、以下の2点を踏まえると、その他アジア新興国・地域の景気に与える影響は軽微であるか、もしくはプラスに作用する可能性もあり得る。

第1に、米中内需の大幅悪化が回避されることである。中国では既に中央政府が、預金準備率の引き下げや付加価値税の引き下げ、個人所得税の見直しなど、財政金融政策を動員し、景気の下支えに手を打ち始めている。また、米国も2019年前半は減税効果や財政支出が景気を押し上げるほか、FRBの利上げは2019年半ばで打ち止めが予想され、経済は底堅い成長を続けるとみられる。このため、アジア新興国・地域からの中国や米国に向けた輸出は底堅く推移するであろう。

第2に、中国の対米輸出産品がNIEs、ASEAN、インドからの輸出に一部シフトすると予想されるためである。実際、中国からの対米輸出とその他アジア新興国・地域からの対米輸出を業種・生産工程別にみると、多くの財で中国とその他アジア新興国・地域は競合関係にある。これは、中国の対米輸出の多くを他のアジア新興国・地域が代替することが可能であることを示している。また、中国の労働コストは上昇が続いており、労働集約的な産業や生産工程ではコスト競争力を失いつつある。そのため、中国に進出している外資企業が、米中貿易戦争をきっかけに比較的労働コストが安いASEANやインドに生産拠点を移す動きが広がることも予想される。

3.先行きも堅調も、明暗は続く
以上を考慮したうえで、2019年以降のアジア景気を展望すると、全体としては堅調に推移するとみられる。成長率は2019、2020年ともに+6.2%と高めの成長を維持すると予想される。ただし、国・地域別ごとの明暗はより鮮明となろう。

ASEAN、インドは底堅い景気展開が続く見通しである。この二つの地域は、以下の3点を背景とした堅調な内需がけん引役となる。

第1に、インフラ投資が本格化することである。ASEAN、インドなどでは、インフラの供給が大幅に不足している。アジア開発銀行の試算によればアジア・大洋州25ヵ国は2016~2020年の5年間で年平均1兆3,400億ドルのインフラ投資を必要としているが、実際には年平均8,810億ドルしか投資されていない。こうしたなか、ASEANやインドの各国政府はインフラ投資予算を増額したり、官民パートナーシップや政府開発援助などを活用したりして、重点的に取り組んでおり、今後もインフラ整備を積極的に進める見込みである。

第2に、中間層の台頭による消費の押し上げである。ASEAN、インドではこれまでの安定的な成長の過程で、消費活動の中核を担う中間層が着実に増加してきた。実際、ASEAN5とインドの中間層は、2007~2017年の10年間で、2.03億人から4.23億人へとほぼ倍増した。さらに、近々中間層入りすることが期待される脱貧困層も6.19億人に上り、当面は民間消費を構造的に押し上げる作用が期待できる。

第3に選挙に伴う政府消費の増加と民間消費の活性化が見込まれることである。2019~2020年にかけて、多くのアジア新興国・地域で国会議員や大統領選挙が予定されている。このため、選挙が実施される国・地域では、選挙運営分の政府消費が押し上げられる。また、ASEANやインドなどでは、選挙運動で街が祭りのように盛り上がり消費者マインドが改善する傾向が見られ、民間消費を底上げする要因になると予想される。

加えて、外需についても、2019年1月中旬に発効するTPP11の加盟国であるマレーシア、ベトナムで加盟国向け輸出の増加が見込まれるほか、中国の対米輸出を一部代替することも輸出を勢いづけよう。

以上を踏まえ、ASEANの経済成長率は2019、2020年共に+5.3%、インドは2019年度が+7.3%、2020年度が+7.7%と予想する。

一方、中国は2019年の経済成長率が+6.4%、2020年が+6.3%、NIEsは2019年が+2.4%、2020年が+2.3%へ弱含むと考えられる。中国では、米中貿易摩擦や過剰設備問題が足かせとなるほか、NIEsは低調な電子・デバイス輸出や設備投資の一巡などが成長の重しとなろう。中国やNIEsの景気減速は、経済のけん引役が製造業から非製造業にシフトできていないことも一因である。実際、2016年の第2次産業比率は中国が39.9%、韓国が30.0%と高い水準にある。需要の波に左右されやすい製造業への依存度が高いことが、逆風として働くことになる。

なお、資金流出と米中貿易戦争が大きな下振れ要因にならないとしても、政治面からの下振れリスクには注意する必要がある。インドネシアやタイでは、大きな選挙が予定されているため、国民受けしやすい経済政策を打ち出す誘因が大きくなる。近年の欧州や南米でみられたように政治のポピュリズム色が強まれば、経済構造改革の停滞や放漫財政などの動きが強まり、中期的に経済基盤を弱体化させる恐れがある。
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