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日本総研ニュースレター 2018年5月号

環境アプローチが変えるシニア商品開発

2018年05月01日 山崎香織


「一人で出来る」を100年続けるための道具の重要性
 あなたは片手でジーンズを履けるだろうか。ぜひ試してほしいが、実際やってみると難しい。このように加齢や障害によって不自由が発生する生活行為は多く、それらは人の手による「介助」や「生活支援サービス(家事など)」によって補われることが一般的である。
 だが、他人に任せて自分でやらなくなると、心身機能は一層衰え、自身で出来る範囲はさらに減る。結果として、支援を得られない場面での不自由さが増すことは避けられない。人の手による支援は重要であるが、それ以上にシニアが自ら扱う「道具」を進化させることが、自分で出来ることを減らさず、生活の質の高さを継続させる上で重要となる。
 道具は人間の機能を補完し、日常生活を便利にしてくれるものであるが、実はシニアにとって使いにくいものも多い。例えば、多くの人が何げなく使っている爪切りも、握力が衰えたり、麻痺のあるシニアにとっては、使えなかったり、かえって怪我につながる場合もある。最も道具を必要としているシニアが我々以上に「道具のない」日常を強いられていることも少なくないのである。

シニアの生活を見ないままの商品開発
 この状況をビジネスチャンスと見るメーカー側では、シニア向けを謳う商品を次々と投入している。見守り機器をはじめ、シニア向けスマートフォンや軽量化された家電など、困りごとに応えようとするものは増えている。しかし残念ながら、シニアの間で定着した商品はまだ少なく、一般向きの商品以上に「ヒット商品」が出てきていないのが実情といえる。
 その要因として、メーカーがシニアの生活行為に伴う多様な課題や嗜好を把握しないまま商品を開発してしまうことがまず挙げられる。例えば、メーカーの開発者がシニア本人に直接話を聞くのではなく、通り一遍のアンケートや介護事業者、卸・小売業者の話を聞いただけで「シニアの生活が分かった」ことになっていたりするケースである。シニアの心身機能や生活環境は様々で、ある人にはバリアでなくとも、別の人にはバリアとなる。また、普段は問題なくても体調が悪い時にはバリアになることもある。シニアとひと括りにして考えていると、多様性を見落としがちである。
 「愛されない商品」を開発してしまうことも多い。例えば商品の介助色が強くなり過ぎると、自分で出来る、やりたいと思っているシニアから敬遠されてしまうのである。

課題の把握から道具の工夫を導く「環境アプローチ」
 心身機能が衰えても、家事や外出、仕事、趣味を続けるシニアは存在する。その裏では、作業療法士をはじめとした専門職が、シニア一人ひとりの生活行為の課題を把握したうえで、道具の新たな使い方の提案や道具自体の改良・開発など様々な工夫を行っている。それは「環境アプローチ」と呼ばれるもので、例えば、家電で使用頻度の低いボタンを把握してそのボタンを隠し、認知機能の低下したシニアでも一人で家電を使えるようにするなどの例が挙げられる。
 ただし、こうした工夫は特定の患者への提案後は専門職個人に留まることがほとんどで、商品化に活かされた例は少ない。現場で日々行われている環境アプローチによる多くの知見は「死蔵」され続けている。そこで、日本作業療法士協会では、現場で編み出された道具の使い方や改良、製作品に関する情報を整理したデータベースの開発を進めている。将来、このデータベースをメーカーの取り組みと連携させられれば、商品開発に大いに役立つと考えられる。
 さらに筆者が提言したいのは、ユーザーであるシニア本人と専門職、企業が連携して商品開発を行う「リビングラボ」の仕組みの活用である。シニアの自宅を研究室に見立てて、三者が環境アプローチを実践し、課題や嗜好の発見と、商品の開発を進めるのである。例えば、シニアが調理する様子を見せてもらいながら、食生活についてインタビューを行えば、食器棚やテーブル、調理器具に対するこだわりや使う際の困りごとなどを多数発見することが期待できる。
 シニア本人の自立と介護者の負担軽減のため、身の回りの道具の設計に環境アプローチの考え方を取り入れることは今後一層欠かせなくなる。なお、非営利の専門職が営利企業であるメーカーと連携するには、知財の取り扱いのほか、特定の企業の利益のためという誤解を受けないこと、公正なプロセスであることなどが求められる。ルールの整備と、連携の積み重ねが、シニアが欲しがる商品の開発を加速させることになるだろう。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。



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