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アジア・マンスリー 2018年10月号

アジアで関心が高まる中央銀行発行のデジタル通貨

2018年09月19日 熊谷章太郎


金融インフラの効率性・安全性向上に向けて、アジア各国の中央銀行はデジタル通貨の発行に関する調査・研究を加速させている。

■中央銀行がデジタル通貨発行に関心を寄せる理由
新たなIT技術を金融サービスに活用していく「フィンテック」に関わる取り組みが世界的に加速している。こうしたなか、フィンテックを代表する技術である「ブロックチェーン:分散型台帳技術」を法定通貨に活用し、中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)を発行する可能性についても、各国の中央銀行で調査・研究が進められている。

各国がCBDCに対して高い関心を寄せている理由としては、①ユーザーの利便性の向上、②金融政策の有効性確保、といった2要因が挙げられる。前者については、民間金融機関が提供するデジタル金融サービスと競合する側面もあるが、金融のデジタル化の流れを促進することで、現金の発行・運搬・管理に関わる社会的なコストを低下させることが期待されている。また、現金での取引と比べると資金の動きが明確になるため、汚職や不正の減少にもつながると期待されている。デジタル通貨が浸透すれば、わが国をはじめとして通貨流通残高の対名目GDP比が高く、現金決済比率の高いアジア各国は、社会的にも大きな変化がもたらされると考えられる(右上図)。他方、後者については、ビットコインなどに代表される現行の中央銀行不在型の仮想通貨の利用拡大に伴う金融政策の有効性の低下を回避することを目的としている。現在のところ仮想通貨の実需取引は極めて限定的な状況にあるが、中長期的に一般利用が拡大していくことになれば、中銀の金融政策がマクロ経済に与えるインパクトが低下し、政策変更を通じた景気・物価への働きかけが困難になる可能性がある。

■アジア各国中銀の取り組み
各国ともCBDC発行に対しては高い関心を示しており、調査・研究が進められている(次頁図表)。もっとも、その取り組みはまだ緒についたばかりであり、各国中銀の対応にもバラつきがみられる。シンガポールでは、2016年11月、シンガポール通貨監督庁が民間のブロックチェーンの企業連合と共同して銀行間取引にブロックチェーン技術を応用することを検討する「Project Ubin」を立ち上げ、第1・2フェーズに関する調査報告書をそれぞれ2017年3月、2017年11月に発表した。わが国も、2016年12月に欧州中央銀行と共同で「Project Stella」を発足させ、第1・2フェーズの調査結果をそれぞれ2017年9月、2018年3月に発表した。中国では、2016年1月に中央銀行傘下に設置されたデジタル通貨研究所で研究が進められており、香港でもシンガポールやわが国と同様の調査研究が進められている。シンガポールを除く東南アジア各国の取り組みは限られているものの、マレーシアはCBDCの論点や他国の状況などに関するサーベイレポートを発表している。タイ中央銀行も、CBDC発行を検討する「Project Inthanon」を発足させ、第1フェーズを2019年3月まで完了する方針を8月に表明している。インドネシア、フィリピン、インドなどでも中銀内部でCBDCに関する調査が進められている。

■実用化にはさらなる検討が必要
アジアの中で相対的に研究が先行しているシンガポール、日本、香港などのこれまでの研究結果に関するレポートは、ブロックチェーン技術の金融インフラへの応用について、実現可能性を前向きに評価しつつも、さらなる検討が必要であると結論付けている。ブロックチェーン技術の導入が取引処理速度や他のネットワークに与える影響といった技術的な側面に関する実証実験を行うともに、導入に際する法的な論点についても検討する必要があり、これらの対応には数年単位の時間が必要になると見込まれる。国際決済銀行も本年3月に公表したレポートで、CBDCは決済システムに大きな影響を与えることから、導入を慎重に検討することを推奨している。

なお、CBDCには、金融機関同士の取引を対象とする「ホールセール型」と非金融法人・家計を対象とする「リテール型/一般利用型」の2種類に分類でき、現在多くの国がホールセール型のCBDCに注力して研究している。これは金融機関同士の決済システムの利便性・安定性向上などに寄与する一方、企業や家計の決済行動に対しては直接的な影響を及ぼさない。他方、リテール型のCBDCは、導入のあり方によっては現在商業銀行が担っている預金や決済機能の一部を中央銀行が代替する可能性も考えられ、社会生活に広範な影響をもたらすことが予想される。加えて、リテール型のCBDCは決済システムや資産価格などに与える影響についても未知の部分が大きいため、各国中央銀行はその導入に浮いてホールセール型と比べてより慎重なスタンスで臨むと見込まれる。
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