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アジア・マンスリー 2018年8月号

インドのインフラ整備の現状とPPP拡大のための課題

2018年07月23日 清水聡


インドのインフラ整備において、PPP(官民連携)による投資額は大幅に減少している。制度上の課題を改善するとともに、民間資金の拡大に注力することが不可欠である。

■インフラ整備の現状と課題
世界経済フォーラムの2017年版世界競争力報告(Global Competitiveness Report)によれば、競争力の観点でみたインドの全体の順位は137カ国中40位、うちインフラの順位は同66位となっている。インフラの順位を時系列でみると各分野で改善しているが、特にインドの課題といえる輸送(道路・港湾)や電力供給において改善幅が大きくなっており、重点的な取り組みがなされているものと考えられる。ただし、順位の水準に注目すれば、それぞれの分野に課題が残るといえよう。アジア開発銀行によれば、インドのインフラ整備(電力、運輸、通信、水道・衛生の4分野)には2016~2030年の15年間で5.15兆ドル(3,430億ドル/年)の資金が必要である。各年の必要投資額はGDPの8.8%に相当し、この比率はアジアの中でも高い部類に属する。

分野別の整備状況をみると、第1に、道路の総延長は、2000年度末の337.4万km(舗装率47.5%)から2014年度末には547.2万km(舗装率61.1%)に伸長した。ただし、同期間に登録車両台数は2輪車、乗用車、ジープ・タクシーを中心に5,499万台から2億1,002万台と約3.8倍に増加しており、交通渋滞は悪化している。また、舗装率は十分に高いとはいえず、郊外の工業団地周辺には未舗装の道路も珍しくないという。道路整備に関しては、国道の拡張・改善に要する土地の不足、土地買収費用の大幅な増加、開発業者の資本不足、資金調達コストの上昇、交通量の見込み違いによる維持費用の不足など、多くの課題が指摘されている。

第2に、鉄道はインドにおいて長距離移動の代表的な手段であるが、乗客数は2012年度をピークに緩やかに減少している。また、貨物・乗客の運賃収入は、2015年度までの14年間の年平均増加率がそれぞれ6.2%、3.6%にとどまっている。鉄道による移動の安全性や快適性を高めることが大きな課題となっており、予約システムのコンピュータ化、スマートカードを用いた自動販売機による発券システム、洗面所の衛生状態の改善、電化の加速(2017年4月現在、電化率は45%)など、多くの取り組みが行われている。

第3に、電力部門は着実に成長している。送電能力は2012~2017年に目標を上回る伸びを示し、ピーク時の電力需要に対する最大電力供給量の不足率は2012年度の約▲9%から2016年度には▲1.6%と急速に低下している。ただし、安定供給能力には依然として課題が残る。また、各州の配電公社の経営状況が総じて悪い。最大の課題は電気料金の回収率の向上である。回収率は州ごとに異なり、電気料金によって電力供給コストをカバーできていない州も多く、料金の引き上げが不可欠となっている。

第4に、通信部門は近年急速に発展し、ネットワークの規模は中国に次いで世界第2位となっている。全国25万のGram Panchayat(自治組織)をブロードバンドで結びつけることを目指すBharat Netというプログラムが進行中である。これは6億人を超える農村部の居住者を対象としており、彼らに様々な電子サービスを供給するインフラとなることが期待される、政府の「デジタル・インディア・プログラム」の最大の柱である。インドでは指紋と虹彩による生体認証を利用したアーダール(Aadhaar)という国民ID制度が急速に普及しており、それとBharat Netとの相乗効果で行政サービスの効率化が進むことが期待される。

■求められるPPP(官民連携)の拡大
インドでは2004年以降、PPPによる投資が急拡大した。政府がプロジェクトを評価・承認するプロセスを整備したほか、IIFCL(India Infrastructure Finance Company Limited)を設立するなど、プロジェクト推進のための枠組みを構築した。IIFCLは民間金融機関の投資を促す触媒として重要な役割を果たした。さらに、National Highways Development Projectなどの国家プロジェクトの存在が、PPPの枠組みによる民間資金の大規模な動員に結び付いた。

しかし、2010年代に入るとPPPは大幅に減少し、2017年の投資額はわずか48億ドルにとどまっている。その原因としては、世界経済の減速や土地買収等の規制関連の問題によるプロジェクト進捗の遅れに加え、開発業者や銀行の不適切なデューディリジェンスによる不良債権の拡大が大きく影響した。インド政府の財政支出余力は限られていることから、多様な分野においてPPPを拡大させることが不可欠である。また、インドには統一されたPPP法がなく、枠組みは州ごとに異なっている。プロジェクト全体の3分の2は州政府によって行われているため、州レベルの政策やガバナンスの枠組みを確立することが重要となる。

PPP実施上の課題として指摘されているのは、以下の点である。①紛争解決メカニズムの強化。紛争の長期化によりプロジェクトが停滞し、海外投資家がインドへの投資を回避することにつながる。プロジェクト開始時に関係者による内部委員会を組織し、紛争解決に当たらせることが望ましい。②過度な低価格による入札の削減。無謀な低価格入札はプロジェクトの頓挫につながりかねない。入札プロセスにおいて開発業者の技術力よりも入札価格が優先される仕組みとなっているため、改善が必要である。③再交渉ルールの明確化。PPPの代表的な契約書においてプロジェクトの条件等の見直しに関する事前的なルールが明らかにされておらず、再交渉に対する公的部門のインセンティブが弱い。④リスク配分の最適化。リスクを最も優れた管理ができる主体に配分する原則が守られていない。契約内容の弾力的な修正や、関係者の能力構築が課題となる。

■不可欠となるファイナンスの確保
PPPの回復には民間資金の確保が欠かせず、その最大の出し手である銀行の不良債権処理を急ぐことが重要である。これに関しては2017年5月に準備銀行の権限が強化されており、処理の加速が見込まれる。同時に、銀行はプロジェクト・ファイナンスの実施能力を向上させなければならない。また、長期資金の拡大には機関投資家や債券市場の整備がポイントとなる。国内資金の拡大には時間がかかるとみられ、当面は海外投資家や国際機関(世界銀行、ADB、AIIB、新開発銀行等)に依存せざるを得ない。こうした中、日本のインフラシステム輸出による貢献も重要となろう。
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