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アジア・マンスリー 2018年4月号

アジアの製造業の高度化とシンガポール

2018年03月22日 熊谷章太郎


シンガポールは、ICT技術を活用した製造業の高度化に向けた取り組みを積極的に推し進めており、アジア各国の「インダストリー4.0」実現の推進役となるだろう。
 
■インダストリー4.0実現に向けたアジアの事業環境比較
ロボットやICT技術を用いて製造業の高度化・効率化を目指す「インダストリー4.0」の実現に向けた取り組みが世界各国で展開されている。こうしたなか、世界経済フォーラムは、2018年1月に「製造業の未来への準備(Readiness for the Future of Production Report)」と題する報告書を発表し、その中で定量的な指標に基づき、製造業の高度化に向けた各国の事業環境の国際比較を行った。同報告書は、輸出構造や産業構造に基づいて、独創的で競争力の高い商品を生み出しやすい環境を有しているかを評価する「製造業の構造(Structure of Production)」と、ICT関連技術の浸透度、人的資源、制度的枠組みなどを基に今後の産業高度化の推進力を評価する「製造業の推進役(Driver of Production)」の2つの側面から事業環境を分析している。比較対象の100ヵ国のうち、両方の項目で相対的に優れた評価を得た25ヵ国をインダストリー4.0実現に向けたリーダー国であるとし、アジアからはシンガポール、日本、韓国、中国、マレーシアの5ヵ国が選ばれた。

評価項目別にランキングをみると、日本、韓国、中国は、製造業の規模や輸出品目の多様性など、現時点の競争力に関わる項目で高い評価を得た。他方、シンガポールは、それらの項目では日中韓の後塵を拝したものの、今後の産業高度化の実現において重要な役割を果たすと考えられる項目で極めて高い評価を得た。具体的には、貿易・投資環境と制度枠組みに関する評価が世界1位となったほか、人的資本、技術・イノベーションの項目がそれぞれ2位、6位となった。ちなみに、「タイランド4.0」をキーワードに産業高度化を目指すタイ、および「メイク・イン・インディア」「デジタル・インディア」をキャッチフレーズに産業振興を進めるインドは、人的資本、制度要因、エネルギー・環境要因が足かせとなり、フィリピンとともに期待されるように産業高度化が進展しないリスクを有する「レガシー国」に分類された。

シンガポール国内で生産される製造業の付加価値は530億ドル程度と、日本の約5%、中国の1%未満に過ぎず、同国の製造業高度化がアジア全体に及ぼす直接的な影響は極めて限定的である。しかし、研究開発に関わる手厚い税制優遇措置などをはじめ、先進的な取り組みの研究・開発を行うのに適したビジネス環境を有していることを背景に、先進国の多国籍企業は積極的にシンガポールで実証試験を実施している。そのため、多国籍企業がシンガポールで培った技術は、本国や生産工場を抱える他のアジア新興国の製造業の高度化を通じて広範な影響を及ぼす可能性がある。実際、シンガポールの製造業の対内直接投資残高は欧米を中心とした先進国企業が大半を占めている一方、対外直接投資については中国、インドネシア、マレーシアといったアジア新興国が中心となっており、シンガポールで開発された技術が先進国から新興国に移転しやすい構造になっている。

■インダストリー4.0導入ツールを開発 
シンガポールのインダストリー4.0実現に向けた最近の具体的な取り組みをみると、科学技術研究庁(A*STAR)は、2017年10月、企業が次世代の製造業技術の導入に先立ち、新技術・システムを用いた試験生産を実施するためのモデル工場を開設した。また、経済開発庁(EDB)は、同年11月に、企業のインダストリー4.0に向けた取り組みを促進すべく、「シンガポール
 スマート・インダストリー準備指標」を開発・発表した。同指標は、ICT技術を活用した効率化に向けた取り組み状況を評価し、現在の達成状況を客観的に把握するとともに、段階的な改善を促すための診断ツールである。具体的には、「過程」「技術」「組織」の3大項目に関連する16の小項目について、企業の取り組み状況を6段階でスコアリングするものであり、国内企業での試験運用によりその有効性が認定されている。政府は、企業向けワークショップの開催を通じて同ツールの活用を促進しており、2024年までに製造業生産を360億シンガポール・ドル増加するとともに、22,000人の雇用創出、30%の生産性上昇を目指している。こうした取り組みが成功すれば、各国がシンガポールと同様の導入ツールを活用し始める可能性もあるだろう。ちなみに、モデル工場の運営や準備指標の開発などをはじめ、シンガポールのインダストリー4.0に関わる取り組みの多くがドイツの機関との共同で実施されている。

この他、2017年8月に、国際企業庁(IE Singapore)が、製造業の高度化に関するソリューション提供機関である「シンガポール・製造業イノベーションセンター」を中国広州に開設するなど、国内の取り組みを海外に展開させるための取り組みも併せて進められている。これにより、シンガポールにおける成功事例が中国を通じてアジア各国に広がっていくと見込まれる。
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