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仮想通貨決済が日本で浸透しない理由

2017年08月15日 宇賀村泰弘


 2017年5月に仮想通貨の一種である「ビットコイン」に注目が集まった。1ビットコインの価格が33万円に急騰し、その後22万円程度にまで暴落するという激しい値動きが報じられたからだ。
 また、一方では大手家電量販店のビックカメラ、眼鏡専門店のメガネスーパー等、ビットコインで物やサービスが購入できる小売店が増えている状況もあり、決済手段としてのビットコインの普及も進んでいるように見える。また、ネット通販大手の楽天は、米国でビットコイン決済に対応している。日本でも実施する可能性はあり、ネット通販サイトでも広がりを見せそうだ。
 さらに、昨今では、ビットコインだけでなく、イーサリアム、ライトコイン、リップル等の他の仮想通貨にも注目が集まっている。これらの総称である「仮想通貨」という言葉を一般の消費者が耳にする機会は確実に増えている状況だ。
 では、ビットコインを代表とするこれらの仮想通貨が、決済手段として日本国内の一般の消費者に広く普及し、日常の生活において当たり前に仮想通貨で支払いがなされるようになるかと問われれば、残念ながら、解決すべき課題は多く、決済手段としての仮想通貨の浸透には時間が必要であると言わざるをえない。
(注:本稿での仮想通貨とは通貨を管理する主体が存在しない、いわば利用者全員が通貨を管理する仕組み(ブロックチェーンと呼ばれる技術を使う仕組み)で構築されている通貨をいう)

通貨としての安定性
 仮想通貨は、一般的に価格変動が大きい。この理由は通貨や電子マネーと異なり、国や企業という管理主体を持たないという点に起因する。一般的な通貨であれば、為替変動が実体経済に悪影響があると判断される場合、為替の安定を図るために中央銀行の為替介入が行われる。しかし、管理主体が存在しない仮想通貨では、利用者のいわば多数決だけで価格が変動するため、事件や各国の仮想通貨に対する対応を期に、一方向に偏れば、その変動幅は大きくなりやすい。
 また、仮想通貨を金融商品として見た場合でも、その価値の妥当性を判断するのは難しい。例えば、株式であれば当該企業の生み出すキャッシュフローや、PER(株価収益率)など価値を判断するための指標が存在し、一定の歯止めがかかるが、仮想通貨にはそうした目安がない。
 現状での仮想通貨の多くは、金融商品の色合いが強く、1日に10%を超える価格変動が起こりえることを考慮すれば、それを日常的に決済手段として使うにはリスクが大きすぎる。

利用できる場所
 仮想通貨決済を提供する企業の数は十分ではない。一般的に、企業が施策に投資をする時、売上向上・費用削減(メリット)が見込め、それが投資に見会う施策の場合、リスク(デメリット)を勘案した上で実行するが、投資対効果が見込めると判断する企業は現時点では一部企業に限られる。
 ビットコイン決済を導入している企業を例に取れば、投資・メリット・デメリットへの考えは次のようなものだろう。
 ビットコイン決済の初期導入コスト(投資)のハードルは低い。最低限で始めようと思えばタブレット端末とインターネット接続環境があればよい。したがって、企業がビットコイン決済を導入するかどうかは、メリットとデメリットによる。
 ビットコイン決済を導入する企業の主たるメリットは費用削減である。具体的には決済手数料が低いことだ。クレジットカードが2~5%程度、電子マネーが2~4%程度とすれば、ビットコインの手数料は1%以下ともいわれる。この差は、とくにクレジット決済や電子マネー決済での取引割合が多い小売業には魅力だ。高額商品を取り扱う家電量販店やクレジットカード払いが主流のネット通販サイトは率先して導入する理由になりえる。
 また、ビットコインの価格高騰から含み益をもつ個人投資家が増えている。彼らにはビットコインで、物やサービスを購入したいというニーズがある。海外では日本よりビットコイン利用者が多いことから都市部や観光地を訪れる外国人の利用ニーズもある。こうしたニーズの存在は、売上向上が期待されるため、ビットコイン決済導入の後押しになる。
 マーケティングの一貫で導入する企業もある。業界内でいち早く導入することで注目を集めるし、利用者の利便性向上に貢献している姿勢をアピールでき、これも売上向上につながる。
 一方でデメリットはどうか。最大のデメリットは価格変動リスクだがビットコイン決済の後、即時に円に換金する、もしくは取引所の即時円換金サービスを利用し、ビットコインの残高を企業が保有しないことでリスクヘッジできる。
 このような状況は企業が仮想通貨決済を導入しやすい環境ともいえるが、すべての小売業に広がるかはわからない。現金決済が主流であるスーパーマーケット等の食品小売業では導入するメリットは現時点では低い。日本はいまでも現金決済が50%程度のお国柄だ。利用者が使いたいというニーズが表面化しない限り企業の裾野は広がりにくい。

法制度・ルール
 法制度および各種のルール整備は徐々にすすんでいる。2017年4月に改正資金決済法が施行された。これにより仮想通貨の定義付けがなされ、支払い手段の一つにも位置付けられた。取引所を登録制にするなど企業や消費者が仮想通貨を利用する上での法整備は一歩前進した状況にある。
 会計処理もASBJ(企業会計基準委員会)がルール策定に向けた検討を行っており、企業が仮想通貨を取り扱う上での会計ルールもいずれ定められるだろう。
 情報システムの対応も導入予定企業にとっては重要だ。リクルートライフスタイルの「モバイル決済 for Airレジ」に機能としてビットコイン決済が提供されるなど情報システムサービスの選択肢も今後、さらに広がっていくだろう。
 こうした状況は、仮想通貨決済を企業が採用する上で必要最低限のものだ。運用が安定するまでを考えると、一般的な企業が抵抗なく導入できるようになるまでは、もう少し時間がかかりそうだ。

利用者メリット
 仮想通貨決済が使える場所が増えたとしても、利用者の数、利用頻度が増えなければ、仮想通貨決済が浸透したとはいえない。一般の消費者が仮想通貨決済を日常的に使うならば、何らかのメリットが当然にそこに存在するはずだ。
 例えばビットコインを例にとると、現金決済は財布を出す手間もあり、ビットコイン決済のほうが楽だとするメリットが想定される。では、SUICA、PASMO、Edy、nanacoといった多様な電子マネーが普及している現状で、電子マネーを代替するかと問われれば現時点では難しいだろう。大手企業が提供するという信用もある。特に都市部では交通系の電子マネーが普及しているため、ビットコインで、電車やバスが使えない状況では、ビットコイン決済を積極的に使う必然性は低い。
 また、仮に何らかのメリットがあるとしても、価格変動リスクというデメリットを上回るメリットが必要だが、価格変動のリスクは相当に大きい。
 そう考えると、仮想通貨決済でメリットが得られる人は限定的だ。例えば、過去に仮想通貨に投資をし、大きな含み益を有する人(円に換金した時には課税対象)。海外企業との取引等で海外送金をする人、個人間で手数料を安く送金したい人である。こうした人々は価格変動リスクを許容しても、仮想通貨決済を使わない時のマイナスが大きいため利用する。しかし、このような人々は一般的とは言えないだろう。
 こうした状況から、一般の消費者が仮想通貨決済を使う必然性は、現時点では小さいと言えるのではないだろうか。

安心感
 直感的な安心感を一般の消費者にどう伝えていくかも課題だ。取引所からビットコインが消失したMt.Goxの事件、DAOという仮想通貨がプログラム上の欠陥から盗難されたという事件、詐偽事件や、マネーロンダリング事件、ビットコインの分裂をめぐるトラブルなど、マイナスイメージにつながる報道がなされ、そのたびに暴落する。当然だが、これで安心を感じる人はいない。このような状況が続く限り、投資より貯蓄のほうが安心だとする考え方が根強い日本人には敬遠されるだろう。
 また、難解な技術用語を並べ立てて仮想通貨を説明したとしても、普通の人に安心感は与えられない。そもそも、仮想通貨は、目に見える現金と違い、電子ウォレット(財布)内のデジタルデータだ。スマートホン、PC、インターネットいったIT(情報技術)を使うことが前提の仕組みであり、利用には一定のITスキルが必要となる。今の日本は高齢者が多い国だ。そうした人々が日常的に仮想通貨で物・サービスを購入するまで普及させるには、より理解しやすい安心感が持てる仕組みや、扱いやすいデバイスが必要だろう。

まとめ
 現状の仮想通貨決済は、まだまだ発展途上というのは誰しもが認めるところではあるが、様々な側面で環境整備が進んでいる状況でもある。しかしながら結局のところ、仮想通貨決済を日本国内に普及させるには「安心して使えること」「メリットがあること」の2つが一般の消費者に浸透し認知される必要がある。特に、後者のメリットをどう実現するかは、仮想通貨とそれを取り巻く関連事業者の創意工夫によるところが大きい。仮想通貨決済にプラスされるメリットを作り出し、それを消費者に分かりやすく伝えることが、仮想通貨決済を一般の消費者が使う必然性につながる。
 最近では、信用ある主体(金融機関、業界団体等)が発行する仮想通貨が注目されている。例えば三菱東京UFJ銀行の「MUFGコイン」、BCCC(一般社団法人ブロックチェーン推進協会)が発行する「Zen」である。これらは円と連動する仮想通貨として、価格変動リスクを排除している。また、地域の有力企業や大学、自治体が、地方の地域通貨として独自のプライベート仮想通貨を発行する動きもある。このような発行主体が存在し、管理・統制がなされる仮想通貨は消費者の安心感につながる。
 仮想通貨は、世界で見れば数百を超える数が存在する。まさに群雄割拠の様相である。消費者に単に「便利だから仮想通貨を決済に使ってください」と言うアピールではなく、それに組み合わせる形で、新しい価値を一般の消費者に提供できる仕組みを作り上げた企業や団体が、仮想通貨決済の覇者になるのではないだろうか。今後も仮想通貨の動向に目が離せそうもない。



※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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