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アジア・マンスリー 2017年2月号

アジア新興国の金融政策スタンスに変化

2017年01月31日 塚田雄太


アジア新興国の金融政策スタンスが緩和から中立に変化している。直ちに引き締めに転じる可能性は低いものの、資金流出懸念は払しょくできておらず、予断は禁物。各国政府は経済構造改革を急ぐ必要がある。

■金融政策のスタンスは緩和から中立へ
アジア新興国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナム、インド)の金融政策の方向性が変化している。
アジア新興国の中央銀行は、原油をはじめとした資源価格の下落に伴うインフレ圧力の低下などを受け、15年入り後、金融緩和を進めた。インドネシアでは、15年2月にいち早く利下げに転じた。また、ベトナムでも、利下げには踏み切らなかったものの、商業銀行に対して中長期の貸出金利の引き下げを指導した。

しかし、足元では、各国中銀のスタンスが変化しつつある。インド準備銀行は、11月上旬の紙幣廃止の影響で消費が落ち込み、利下げ期待が高まっていたにもかかわらず、12月の金融政策決定会合で政策金利を据え置いた。16年入り後も断続的に利下げを進めてきたインドネシアでも、11月以降は金融政策を現状維持としている。

■高まるインフレ懸念
この背景として、以下の2つのルートを通じて、インフレ懸念が強まっていることがある。

1つ目は通貨安の加速である。アジア新興国は消費財などの輸入依存度が高いため、通貨安がインフレに結びつきやすい。こうしたなか、16年11月の米大統領選でトランプ候補が勝利すると、財政支出拡大による米国景気の上振れ期待が生じ、長期金利が大幅に上昇した。これが米国への資金移動を促したため、アジア新興国では通貨安が進んだ。金融緩和は通貨安と輸入インフレを加速させるため、各国とも金融緩和スタンスを中立に戻さざるを得なくなった。

2つ目のルートとして原油価格の持ち直しが挙げられる。原油価格は、中国の成長減速などを背景に14年夏の1バレル=108ドルから16年初めには29ドルまで大きく下落した。これに伴い、アジア新興国のインフレ率は低下した。しかし、原油価格は16年2月に底打ちした後、11月末のOPEC(石油輸出国機構)加盟国の減産合意や世界景気の持ち直しなどを受けて上昇に転じ、16年末には50ドル台前半まで上昇した。

■金融引き締めに転じる可能性は当面低い
通貨安やインフレ圧力の顕在化が続けば、金融政策が引き締めに転じる可能性も否定できない。もっとも、次の2点から、金融政策は当面、中立を維持すると見込まれる。

第1に、各国は十分な外貨準備を保有しており、利上げによる通貨防衛の切迫感はそれほど高くない点である。各国の外貨準備高は、97年のアジア通貨危機時点と比較しても大幅に積み増されており、ベトナムを除いて安全水準の目安とされる短期対外債務残高の1倍、輸入額の3カ月分を上回っている。なお、ベトナムの対輸入額比についてはスマートフォンなどの加工・組み立てにより、経済規模に対する輸入比率が他国に比べて高いという特殊事情がある。それらを考慮すると、各国とも、大規模な資産流出を伴う通貨危機のリスクは大幅に低減しているといえよう。

第2に、原油価格が大幅に上昇する可能性は低いとみられる点である。原油の需給バランスは今後改善に向かい、価格も上昇傾向をたどると予想される。しかし、OPECの合意通りに減産が実行されるか否かは未知数なうえ、価格が上昇すると、米シェールオイルの増産を誘発することが予想される。そのため、原油価格が急ピッチで上昇する可能性は小さいとみられる。
以上のように、急速な金融引き締めによって、アジア新興国の景気がオーバーキルに至る可能性は低いと思われる。しかし、各国が景気刺激策として金融緩和というカードを使いづらい状況になったことは間違いない。足元の各国景気はようやく減速期を脱したに過ぎず、景気回復を確実なものとするために、各国は財政支出による景気底上げに頼らざるを得ない状況にある。

とはいえ、アジア新興国には財政政策の余力に不安を抱える国が少なくない。各国政府が景気刺激のためにいたずらに財政支出を拡大させれば、財政に対する信認の低下から通貨が急落するリスクを拡大させる。各国は、こうしたリスクを回避するために、経済構造改革を通じてより強靭な経済・財政の基盤を構築していくことが求められている。一部の国では、すでに財政改革に向けた取り組みに着手している。ベトナム国会は11月に、財政赤字対名目GDP比率を3.5%未満に引き下げることなどを掲げた「2016~2020年期経済再編計画」を可決したほか、法定上限(対名目GDP比65%)に近づきつつある公的債務について厳格に抑制するよう政府に求めた。また、フィリピンではドゥテルテ新政権の下で、個人所得税の区分変更と付加価値税の対象品目の拡大などを柱とした大幅な税制改正を実施しようとしている。こうした改革の実行で、各国が市場の信認を獲得できるか否かが、今後の注目点である。
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