アジア・マンスリー 2017年1月号
【トピックス】
中国のインターネットプラス政策とその展開
2016年12月27日 藤田哲雄
中国ではインターネットを活用した個人向けサービスが急速に発展し、世界的にも注目を集めている。2015年からはこの動きを既存産業の競争力強化に活用しようとする「インターネットプラス政策」が展開されており、その帰趨が注目される。
■急速に発展する中国のインターネットビジネス
全世界のインターネットユーザー数は2016年6月末時点で約36億人とされるが、 そのなかで中国は7億人を超える世界最大のユーザーを擁する。人口普及率ではまだ5割程度であるが、第13次5カ年計画では、2020年に人口の85%にモバイルブロードバンドを普及させる目標が掲げられている。
中国ではインターネットの一般利用は1990年代後半から始まったが、中国政府は段階的にインターネットに対する規制を強め、2007年以降、影響力の大きないくつかの米系企業が提供するインターネット上のサービスを順次国内で遮断した。これにより、検索エンジンについてはバイドゥ(Baidu)、電子商取引についてはアリババ(Alibaba)、ソーシャルネットワークサービス(SNS)についてはテンセント(Tencent)という国内企業が、それぞれの分野で独占的地位を占めるようになった。
これらの中国系のインターネット企業は、当初は米系企業のビジネスモデルの模倣という色彩が強かったが、次第に独自の発展を遂げるようになった。たとえば、電子商取引は2010年より急成長を続け、中国は世界一の市場規模となった。2015年の中国のネットショッピングのユーザー数は4億1,300万人、その市場規模(B2C)は3兆8,800億元に達し、小売総額に占める電子商取引の割合は12.0%と米国(8.0%)を上回る。
さらに、中国ではオンライン顧客にオフラインのサービスを提供するO2O市場が発達した。配車サービス、家事サービス、出前サービスなど、顧客が店舗に赴くのではなく、スマートフォンなどで操作するだけで、提供者からサービスが顧客のもとに届けられる。一見すると、通常のネットショッピングと変わらないが、物品の購入にとどまらずサービスとして利用されるものまで、きわめて短時間のうちに指定場所に提供されることが特徴である。その市場規模は2015年に3,600億元を超えたが、今後も拡大すると予想されている。
O2Oサービスの発達は世界的に投資家の注目を集め、中国のインターネット関連投資は急速に拡大した。2012年から2015年までのベンチャーキャピタルによるインターネット関連投資の動きをみると、2015年に中国は米国を金額、件数の両方で上回った。
■インターネットプラス政策とは
2015年3月の政府工作報告において、李首相は「インターネットプラス」というコンセプトについて言及した。インターネットプラスとは、インターネットを各産業と融合させ、新業態や新ビジネスの創出を図るものである。インターネットプラス政策は、産業のスマート化という狙いのほかに、雇用安定化や消費拡大の効果も期待されている。インターネットプラス政策は、サプライサイドの構造改革の一つの柱として、製造業の競争力強化政策である「中国製造2025」と統合的に進展させることが必要であるとされ、2015年7月に指導意見として文書が発表された。そこで示された基本的な考え方は、インターネットビジネスにおける中国のスケールメリットの優位性を生かし、消費や生産それぞれの領域において発展水準の向上を加速し、各業界において開発能力を高めて新たな経済成長のエンジンとする、というものである。
インターネットプラス政策では、積極的に融合を推進する11の重点分野を列挙している。具体的には、①創業・革新、②協同製造、③現代農業、④スマートエネルギー、⑤包摂金融、⑥公共サービス、⑦物流、⑧電子商取引、⑨交通、⑩生態環境、⑪人工知能である。
■インターネットプラス政策の評価と展望
中国のインターネットプラス政策をみると、わが国でも現在議論されているSociety5.0や第4次産業革命と比較して遜色ない未来の産業ビジョンが描かれている。先進国では、実世界にある多様なデータをセンサーネットワーク等で収集し、サイバー空間で大規模データ処理技術等を駆使して分析・知識化を行い、そこで創出した情報・価値によって、産業の活性化や社会問題の解決を図るというCPS(サイバーフィジカルシステム)の構築に鎬を削っている。中国のインターネットプラス政策も、その方向性や目指す具体的な目標は先進国と大差はない。しかも、中国がとりわけ有利な点がいくつかある。
第1に、個人のスマートフォン利用人口が巨大であるがゆえに、個人に関するサービス分野で独自の展開の可能性がある。
第2に、企業分野では、これまで非効率であったがゆえに、ネットワークの活用で高い効率化を達成する可能性がある。日本の場合、すでに相当の効率化を達成しているため、費用対効果でなかなか新たなIT投資に踏み切れないというケースが多い。クラウドサービスの普及によってITコストが低下するなかで、中国が後発者の利益を得る可能性がある。
第3は、イノベーションの推進が政策目標に明記されているため、新たなビジネスモデルの開発が既存の規制や制度と抵触する場合に、規制・制度の見直しを行う機運が高まりやすいことである。
列挙された重点分野のうち、すでにいくつかの分野では具体的なアクションプランが提示され、実行段階に入っている。さらに、中国政府が同時に推進する創業・イノベーション政策により、多くの起業家がインターネットを活用した新たなサービス開発に挑戦しており、今後多くの新たなビジネスモデルが登場することが期待される。世界的にCPS構築の競争が繰り広げられるなかで、部分的に中国がリードする可能性もあり、今後の動向を注視していく必要がある。