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【シニア】
第18回 高齢運転者×ICT・ADASテクノロジー

2017年02月28日 劉磊


 76歳の義母が自らの意志で免許を手放すことにした。その理由を聞くと、淡々とこう話した。「去年の秋からあなたたちと同居をはじめて、私には優秀な若い専属ドライバーが二人も付いた(私と妻)から、自分で運転する必要がなくなったわ。それにこの家はバス停も近いし、ちょっとした外出なら私はまだ足腰が大丈夫だから歩いて行ける。それが健康にもいいしね。あとね、やっぱり去年くらいから急に夜の運転が怖くなってきたの。老眼は前からだけど、暗いと本当に見えづらくなっちゃって。それに最近はニュースも多いでしょ?今はまだ大丈夫そうだけど、大事(おおごと)になる前に、返しちゃおうって思ってね」。

 ハキハキとした腑に落ちる回答を聞きつつ、私はコンサルタントとしての職業病からか、この文脈の分析をはじめた。この回答には、高齢運転者を取り巻くほぼすべての「要素」が詰まっている。最初の文節からは「独居高齢者の増加」、第二文節では「地域交通の衰退×外出困難高齢者の増加」が浮かび上がる。三つ目の句点までは「加齢に伴う身体能力の低下と運転に与える影響」が投影されている。言うまでもないが、これらの要素は単独ではなく、緊密につながっている。

 内閣府の2015年の調査によれば、高齢者の主な外出手段は自前の自動走行車両(自動車、バイク、原付自転車)であり、この割合は全体の57%を占める。この割合は加齢と共に減少するが、80歳代においても依然として3割程度の方が自分で運転している。一方で外出の目的に目を向けると、第一位は買い物であり、第二位以下に通院などが並ぶ。公共交通が相対的に整備された都市部以外の地域では、文字通り、自分で運転する車が高齢者の「ライフライン」である。

 マクロデータから見た高齢運転者は社会問題であるが、ミクロにまで目線を落とした場合、運転免許証を返上する(運転をあきらめる)ことは紛れもなく家庭の問題であり、個人のQOLに直結する問題だ。家庭問題と示したのは、独居する高齢運転者の免許返上は子供世代によって進言されることが多く、感情的な問題に発展することが散見されるからである。この場合、生活の足と家族の理解の両方を高齢運転者は手放すリスクにあることを、施策側は理解しておくべきだ。75歳を過ぎると自治体、警察、あるいは家族から運転を控えるよう「圧力」がかかる訳だが、「安全運転できる方には、乗れる限り長く安全に運転いただく」方法はないだろうか。答えは実はそう遠くないところにある。テレマティックスサービスによる運転特性の見える化と、近年の進歩が目覚しいADAS技術による運転支援である。

 テレマティックスサービスという手法は、すでに取り組みが始まっている。車載機による運転特性のモニタリングはこれまで一般的な法人サービスを中心に展開されてきた。GPSと加速度センサーを内蔵する機器を車輌に搭載し、運転者の緊急動作(急加速、急ブレーキ、急ハンドルなど)をモニタリングし、管理することで、事故低減や燃費改善に対するサービスが展開されている。実際これらのサービスを導入した企業は事故削減や燃費改善が確認されている。この種のサービスを高齢運転者個人とその家族に提供し、身体機能や認知機能を含めた運転特性の経時的な変遷と、「運転年齢」のような参考値を常に見える形で本人にフィードバックすることは意味が大きい。「家族や関係者と議論して、まだ運転できるとする判断や車を納得して降りる判断」を下すようになることが期待される。事前に運転をやめるタイミングが分かれば、本人や周りも「運転して買い物に行く」代わりに宅配を利用するなど、その時のための準備ができる。備えあれば憂いなしとまではいかないが、小さい事故等のライフイベントをきっかけに突然運転をやめるよりは、少しでも予見して準備ができるほうがよいのは自明だろう。日本総研が推進しているギャップ・シニアコンソーシアムではまさに今、関連するサービスの実証試験をコンソーシアムメンバー社、団体と共に浜松市で展開中であり、3月末にその結果を纏める予定だ。

 一方でADAS技術も急速に進化している。完全自動運転といわれる、いわゆるレベル4の社会実装には技術、ルール作りの両面でまだ時間はかかる見込みであるが、開発の過程で培った技術をベースに、高齢運転者を含む運転者に対する運転補助機能の開発・実装が期待される。特に高齢運転者の場合、具体的には、例えば停止状態や低速状態からの急アクセル/(ブレーキ)踏み間違いを判定し、操作停止を行う機能や、車載カメラ等を用いた衝突防止機能による車輌の能動的制御が考えられる。これらの機能は、新しい車輌への標準装備が理想であり、また検討可能の範囲で、既存の車輌へ後付けできるものであることが望ましい。関連技術、サービスの普及は民間だけでは困難であることが想定され、公民連携のスキーム運用がさらに期待される。その開発や試行にも、実際の高齢運転者を巻き込んだ共創が、あるべき姿だ。

 義母との会話は、そのあと思いもよらない展開となる。
 「あのねー、別の記事で読んだのだけど、高齢者の事故が特別に割合として多いってわけでもないでしょ?それなのにニュースばっかり騒いちゃって。高齢者をのけ者にしないでほしいものだわ」
 その通りだと思う。サービスユーザーとして、サービス共同開発者として、高齢運転者には、主役でいてほしいものだ。

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※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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