コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

アジア・マンスリー 2016年12月号

回復にばらつきがみられる2017年のアジア経済

2016年11月30日 佐野淳也


2017年のアジア経済は、全体でみれば成長率は横ばいが見込まれるものの、対中輸出依存度や官需の持続性の違い等から、各国・地域ごとの景気回復ペースのばらつきが顕著になる見通しである。

1.2016年後半に景気は底入れ
2016年入り後のアジア経済(NIEs、ASEAN、インド、中国)は、輸出減少や異常気象による農業セクターの落ち込みが響き、緩やかな景気減速が続いた。輸出の減少に関しては、世界的に景気が力強さを欠いている状況に加え、中国の民需減速トレンドも大きく作用したと考えられる。中国の固定資産投資や生産活動の鈍化によって資源や部品の需要が減退する状況下、対中輸出依存度を高めることで成長を加速させてきたアジア各国・地域へのマイナス影響は大きかった。実際、15年以降はアジア新興国の輸出数量指数の伸びが世界の平均を下回る傾向が続いた(右上図)。
しかし、直近では、一部の国や地域で、内需をけん引役に景気の底入れがみられるようになった。その背景として、①各国で実施された経済対策の効果発現、②インフレ率の低下、③農業セクターおよび消費を鈍化させた天候要因のはく落、の3点があげられる。
まず、経済対策では、中国や韓国で減税により消費の喚起を図った。政策金利の引き下げなどの金融緩和策を行った国や地域も少なくない。さらに、ASEAN諸国や中国では、インフラ投資の上積みや予算執行の前倒しなどの措置が講じられた。一連の対策が奏功し、民間消費や投資に回復の動きが現れている。アジア景気持ち直しの最大の要因といえよう。
また、2014年半ば以降の一次産品価格(原油など)の下落傾向は資源国の景気下押しに作用した一方、アジアにおけるインフレ率の低下に貢献した。低インフレで実質所得が増加し、民間消費の拡大を支える一因になったと考えられる。そして、エルニーニョ現象の終息に伴い、ベトナムやタイ、インドの農業セクターの生産および消費の重石となってきた天候のマイナス要因がはく落したことも、足元の持ち直しにつながったと判断される。
以上のように、16年のアジア経済は、年前半には減速を余儀なくされたものの、後半には盛り返すかたちとなった。16年のNIEs(韓国、台湾、香港)とASEAN(タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナム)では、15年を上回る国や地域はあるものの、全体でみれば前年と同水準の経済成長率になる見込みである(右下表)。インドは前年度並みの高成長を確保できそうである(詳細は「インド」を参照)。一方、足元で景気減速の動きは一服しているものの、中国の成長率は+6.7%(前年比、以下同じ)と、減速が見込まれる。アジア全体では、15年並みの同+6.2%となる見通しである。

2.2017年は景気回復にばらつきがみられるなか、全体の成長は横ばい
2017年のアジアの成長率は前年比+6.1%と、横ばいが続くと予測される(右図)。成長が加速しない主因は、アジアのGDP(15年の購買力平価ベース)の53%を占める中国の成長率が+6.5%と、16年に比べ▲0.2%ポイントの減速が見込まれることである。アジア全体の経済規模に対する中国のウエイトはなお他の国や地域を上回るため、アジア全体の成長率に及ぼす下押し圧力も大きくなる。
中国以外の国や地域については、総じて内需主導の緩やかな持ち直しが予想される。韓国経済は若干の成長鈍化が見込まれるもの、台湾と香港の成長率が16年を上回るため、NIEs全体では+2.1%と、前年に比べ+0.1%ポイント加速する見通しである。ASEANでは、景気回復ペースのばらつきが広がるものの、地域全体でみれば横ばいが続くとみられる。インドは、企業部門が回復に転じる一方、消費の拡大ペースが鈍化するため、経済成長は前年度並みの水準にとどまろう。
18年に関しては、トランプ新政権による米国景気拡大など、景気強材料が増えると見込まれる。もっとも、内外需の回復ペースはなお力強さを欠くとみられるうえ、構造調整の進展に伴う中国経済の減速トレンドの持続も勘案すると、17年に続きアジア全体の成長率は横ばいにとどまると予想される。

3.2017年のアジア経済を左右する5大ポイント
17年のアジア経済を展望する際、①中国経済の減速、②外需持ち直しの勢い、③官需による下支え効果の持続性、④民需主導型成長を阻害する要因、⑤資金流出によるインフレ懸念、の5点が重要なポイントになると考えられる。以下では、これらがアジア各国・地域の持ち直しに対して、どのような影響をもたらすかについて検討する。

(1)中国経済の減速
本見通しでは、中国経済に関して、景気減速の動きを一服させていた減税等の効果がはく落するものの、インフラ投資などの景気てこ入れ策の一部が継続されるため、成長率の大幅な落ち込みは回避されると想定している。小幅な減速であれば、他のアジア各国・地域の景気に対する下押し圧力も限定的なものにとどまるであろう。とはいえ、多くのアジア諸国・地域は、数年前まで対中輸出を通じて成長エンジンとしてきたことから、中国経済の減速が続く下で、対中輸出依存度の高い国や地域ほど、マイナス影響を被ると考えられる。
実際、中国の高成長期(対中輸出が急拡大した2002~11年)と、低成長期(中国経済の成長率が顕著に減速した12年以降)のアジア各国・地域の成長率の変化を比較するとともに、15年時点での対中輸出依存度(対名目GDP比)をみると、対中輸出依存度の高い国・地域ほど経済成長が鈍化しており、中国経済の減速による影響を受けやすい傾向があることが確認された(前頁下図)。中国市場の不信を埋め合わせる規模の代替先が見当たらず、輸出先の多角化も短期間では実現困難なことから、中国経済の減速が17年のアジア景気のばらつきをもたらすといえる。

(2)外需持ち直しの勢い
アジア各国・地域の対米輸出シェア(輸出に占める割合)は12年前後を境に拡大傾向となり、直近では9~22%となっている。中国向けの回復にあまり期待できないなか、17年のアジアにとって米国経済の動向が輸出持ち直しのカギを握る。
米国経済は、トランプ新政権の政策に対する期待(減税、インフラ投資)と懸念(保護主義)が入り混じり、マーケットは当面不安定な動きを示す。しかし、実体経済面は、堅調な家計部門に加え、企業部門も持ち直すなど、全体的に回復の動きが明確化してきた。今後、トランプ新政権の政策が進展するにつれ、米国の成長率は徐々に高まっていくと見込まれる。こうした見通しの下、アジアの対米輸出は拡大基調で推移する見込みである。
もっとも、保護貿易政策に対する懸念は完全には払しょくされず、それが対米貿易の拡大を抑制することになろう。米国以外でも保護主義に賛意を示す向きが増えつつあり、共感は広がっており、外需拡大の懸念材料である。以上から、外需持ち直しの勢いは緩やかにとどまる見通しである。

(3)民需主導型成長を阻害する要因
内需にも先行きの不透明材料がある。本見通しは、「公共事業の拡大によるインフラ整備の進展⇒関連材の生産および雇用の増加による民需の持ち直し⇒民需主導で成長をけん引」という流れが徐々に強まっていくと想定している。
ただし、その流れを阻害しかねない要因も存在する。企業および家計の債務問題は、そうした要因のなかでも、とくに注意を払う必要がある。企業債務では、中国での急増が問題視されている。家計債務では、韓国、タイ、マレーシアが世界平均を上回る残高水準(対名目GDP比)で推移している(右下図)。企業・家計の過剰債務を放置すると、金融環境などの情勢変化次第で事業拡大や商品・サービス購入の足かせになりかねない。一方で、債務残高の圧縮を過度に優先させると、民間投資と消費を急減させてしまう。民需主導型の成長を実現するには、企業・家計債務問題に対する当局のバランス感覚ある手綱さばきが重要となる。

(4)官需による景気下支えの持続性
内需主導の回復が持続するかどうかは、官需による下支え効果の持続性も焦点となる。アジアでは、旺盛なインフラ需要に応えるため、公共事業を上積みするなどの動きが活発化している。こうした拡張的な財政スタンスは、1年や2年といった短期であれば維持可能である。政府債務残高の対GDP比をみると、国家財政の破たんが危惧されるような高水準にあるアジア主要国・地域は現時点で見当たらない(右上図)。歳入基盤が強化されつつあることも、公共事業の拡大を財源面から支えている。
ただし、マレーシアのように、財政健全化の観点から、政府債務残高の対GDP比に上限を設けているところでは、歳出拡大の余地には限りがある。台湾やインドネシアでは税収の鈍化を織り込んだ予算が編成されるなど、公共事業の拡大に歯止めをかける動きもある。今後の内需のけん引力を展望する際、こうした点にも注意を払う必要がある。
 
(5)資金流出によるインフレ懸念
17年のアジアの物価動向を展望すると、一次産品価格の上昇ペースは緩慢なものにとどまる見込みであり、コスト面からのインフレ圧力はそれほど強まらない見通しである。
むしろ、アジアにインフレをもたらす契機として当面懸念されるのは、資金流出であろう。米国では、景気回復期待や財政拡大による政府債務の増大予想から、金利に上昇圧力が強まっている。これが国際的な資金移動を促す可能性がある。
メインシナリオとしては、①米国当局が緩やかなペースで利上げを行うこと、②アジア各国・地域の外貨準備高が積み増されていること、短期対外債務の圧縮が進んでいること、などを勘案すると、大規模な資金流出リスクは限定的と判断される(右中央図)。もっとも、何らかのきっかけで通貨安がさらに進んだ場合、資金流出が強まる展開も排除できない(右下図)。いずれにせよ、これまでのような金融緩和局面は一巡し、今後はアジア各国・地域で為替動向をにらんだ金融政策とならざるを得ない。
トランプ新政権の保護主義など、外部環境の先行き不透明感が残存する状況下、内需、とりわけ民間部門の持続的な拡大を実現させていくことは、短期的な景気回復のみならず、アジア経済の中長期的な発展にとっても不可欠な取り組みである。政策当局による難しいかじ取りが続くと予想される。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ