Business & Economic Review 2012年5月号
【特集 アジア経済の現状と新たなビジネス展開】
中国農村部におけるソーシャルビジネスのすすめ-その意義と手法
2012年04月25日 菅野文美
要約
- 近年、中国内陸部市場の目覚しい成長とともに、内陸部を中国戦略の中核に位置付ける多国籍企業・日本企業が増えている。一方、このような市場の盛り上がりは内陸部でも一部の都市に限られ、内陸部の大半を占める農村部の購買力は低いとの見方が一般的である。しかし、現在農村部の市場としての潜在性が注目されつつある。その背景には、①農村部人口の多さ、②農村住民収入の増加、③政府の農村部発展政策の推進がある。
- これまで多くの日本企業が、中国農村部に積極的に進出してこなかった背景には、農村部市場に特有の難しさがある。第1に、物流インフラや教育などの社会インフラが発展途上であるため、都市部とは異なるバリューチェーンを創りあげなければならない。第2に、都市部と比べると農村住民の消費額は断然低いため、余計な機能を削ぎ落とした低価格商品・サービスを提供しなければならない。第3に、農村部市場にアクセスするためには、現地政府と良好な関係を築かなければならない。第4に、企業や日本人に対して不信感を持つ場合が多い農村住民から信頼を得なければならない。最後に、農村部の生産人口の多くが都市部に出稼ぎに流出しているなか、現地でビジネスを担う人材を確保しなければならない。
- 日本企業が中国農村部を攻略する際に、上記のような障壁を乗り越えるためには、ソーシャルビジネスの手法が有効である。まず、ビジネスを通じて、現地政府のミッションの達成に貢献し、現地政府の信頼を勝ち取る。そして、企業スタッフは、農村部に十分な期間滞在し、個人として農村住民に向き合うことで、農村住民の潜在的ニーズを深く理解し、信頼を獲得する。さらに、農村住民による協同組合などの生産者グループや、啓発・行動変容のための共助グループなどの形成を促し、ビジネスのバリューチェーン全体に現地の人材やコミュニティを主体的に組み込む。最後に、これらソーシャルビジネスの手法の経験が豊富な現地NGOや社会的企業とパートナーシップを構築する。
- 近年、中国では、ソーシャルビジネスの事業者である社会的企業や、ソーシャルビジネスに投資する社会的投資家が出現している。社会的企業の成功事例として、富平学校やShokayがあげられる。また、中国のソーシャルビジネスに投資する国際的なファンドの例として、LGT Venture PhilanthropyやCalvert Foundationがある。ただ、社会的企業はスタートアップの社会的企業に投資する投資家が不足していると主張し、社会的投資家は審査要件に合う社会的企業が少ないと嘆いており、両者の間にまだ溝が残る。中国のソーシャルビジネスはいまだ黎明期であるが、今後の発展する潜在性がある。
- 中国では、農村部住民をバリューチェーン全体に主体的に組み込んでいるソーシャルビジネスの例は少ないが、ソーシャルビジネスの手法を断片的に取り入れている企業はある。例えば、蒙牛集団、大山緑色食品有限公司、中国移動、ダノンの事例は、それぞれ、現地政府のミッションへの貢献や農村住民への能力開発とコミュニティ醸成などの手法を取り入れている。企業は、ソーシャルビジネスの手法をより包括的に取り入れることによって、中国農村部市場により深く持続的に根ざす事業が展開できる可能性がある。
- 日本企業が中国農村部でソーシャルビジネスに取り組むべき、とするのは、中国の農村部には市場としての潜在性としてだけでなく、中所得市場進出への布石、商品・ビジネスモデルのイノベーション創出、そして人材育成を促進し、グローバルビジネスに向けた事業資源を強化するからである。中国におけるソーシャルビジネス発展の息吹が感じられる今こそ、日本企業に中国農村部でソーシャルビジネスに挑戦すべきである。