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アジア・マンスリー 2016年5月号

【トピックス】
アジアで広がるフィンテックと環境整備

2016年04月28日 藤田哲雄


金融と情報技術を融合したサービスであるフィンテックが世界的に注目されているが、アジアの新興国では、基礎的な金融ニーズに応えるサービス提供が多く、金融包摂の推進力として期待されている。

■急速に成長するフィンテック市場
最近IT業界からその技術を活用して、融資、決済、個人資産管理、資本性資金調達などさまざまな新たな金融サービスを提供するフィンテックと呼ばれる動きが世界各国で盛んになっている。今般のフィンテックの動きは世界金融危機後にアメリカから始まったが、これはスマートフォンの普及やクラウドサービスの登場を背景に、金融サービスの提供コストが大幅に低下したことが要因である。主な担い手であるスタートアップ企業は、従来の金融機関とは全く異なるカルチャーを持ち、差別化を図ろうと新たなアイデアを次々と持ち込むため、金融サービスが大きく変化することが期待されている。

フィンテック関連のスタートアップ企業への世界の投資額は、2013年の40億ドルから2014年の122億ドルへ3倍にまで急増したほか、投資先もアメリカからヨーロッパ、アジアなど地域にも広がりが出てきた。アジア太平洋地域の投資額だけをみても、2015年に急拡大している。

従来、決済業務と融資業務を結合させて銀行業務とすることに一定の合理性が存在していた。フィンテック登場の意義は、情報処理技術の発達によってそれらのアンバンドル(分離)が可能となるなか、高まる銀行の規制コストを回避して新たな金融ビジネスモデルとして成長する可能性を示していることにある。

■先進国はフィンテック育成に注力
アメリカではスタートアップ企業が起業し、成長するエコシステムが充実しているため、ことさらにフィンテックに絞った政策は少ない。しかし、イギリスやシンガポール、香港など世界の金融センターを擁する国は、フィンテックが今後の金融サービス産業の成長の担い手になるとして、その育成に注力している。例えばイギリスでは、フィンテック産業が発展するためのビジョンを科学庁が提示し、技術、雇用、金融政策、ビジネスモデル、グローバリゼーションとの関係、将来の金融規制といったテーマについて10の提案を行っている。また、金融行為規制機構(FCA)は、消費者利益にかなう金融サービス・イノベーションを奨励するとともに、フィンテック分野のスタートアップ企業への情報提供、助言、適法性の認定、規制緩和などによる支援を行っている。さらに財務省は、既存金融機関にフィンテック企業とのサービス接続の円滑化を促している。加えて金融業界においても、フィンテックの発展を推進する団体が設立されており、この団体に参加することで、政策担当者、規制当局、投資家、人材、協力企業などにワンストップでアクセスできることが可能になっている。このようにイギリスでは、官民挙げてフィンテック産業の育成に注力する動きがある。このような動きにキャッチアップしようと、シンガポール、香港、日本や韓国でも政府や民間で同様の動きがみられる。

■アジア型フィンテックの広がり
一方、新興国や発展途上国を中心に、欧米へのキャッチアップ型とは異なる形態でのフィンテックが発展しつつある。アジアは人口が多いことに加え、携帯電話保有者のなかでスマートフォン利用者の割合が近年急速に上昇していることや、多くの国で銀行口座を持つ人の割合が高くないことから、フィンテックは最初に利用する金融サービスとして普及拡大する潜在力が高いと考えられる。以下では、特徴的ないくつかの国の動向を紹介する。

中国では金融自由化が進んでいないことから、規制を裁定するかたちでフィンテック産業が独自の発展を遂げている。一つは、大手IT企業が擁する巨大な顧客基盤とサービスプラットフォームを活用した決済・資産運用などの金融商品販売モデルである。

もう一つは、資金運用と資金調達のニーズをマッチングさせる、P2Pなどのオンライン・プラットフォームを活用した代替貸出市場であり、その取引額は、2013年に55.6億ドル、2014に243億ドル、2015年に1,017億ドルと急成長している。

インドは銀行口座の非保有者の割合が47%、金融機関との取引がない中小零細企業が90%にものぼるため、金融取引を普及させること(金融包摂)が政府の大きな課題となっている。すでにモバイルの人口普及率が80%近くあることから、インド政府は、残高ゼロでの銀行口座開設を認め、様々な電子的なチャネルに対応可能な個人認証システムを整備するとともに、法整備を進めて決済業者に免許を付与する、などの政策的な後押しにより、フィンテックを通じた金融包摂を推進している。また、民間部門では、アメリカのシリコンバレーのベンチャーキャピタルと連携して、投資や人材、ノウハウを呼び込む動きがある。また、地場のフィンテック企業が金融ポータルサイトを開設し、利用者の個別の属性や条件に応じた個人金融商品やその金利の提示を行っている。

フィリピンでは、海外の出稼ぎ労働者による本国送金需要の大きさに着目して、海外から国内への送金サービスが発達している。地場のフィンテック企業によって決済・電子商取引プラットフォームが提供されており、国内外からフィリピンの事業者や個人あてにモバイル機器等を通じて送金が簡単にできるほか、請求書の支払い、携帯電話の通話時間のギフトなども可能である。

ミャンマーは、2019年までにモバイル普及率が8割を超えるとみられており、政府がモバイルインフラを活用して金融サービス普及の加速を図っている。すでに大手携帯電話会社と地場有力銀行がジョイントベンチャーを立ち上げ、金融サービスの提供を始めている。

アジアの新興国では、既存の金融システムの効率性が必ずしも高くないため、フィンテックはそれらを代替し、効率の良いサービスへのアクセスを可能としている。そして、それらのサービスは個人のニーズを反映して、基礎的な決済や貸出、価格(利率・手数料)比較などのシンプルなものが多い。フィンテックの技術自体はソフトウェアであるため、先進国からの輸入が比較的容易であり、急速なキャッチアップが可能である。むしろ、フィンテックが産業として成長するうえで重要なのは、制度的な対応や環境整備である。アジア新興国の対応は一様ではないものの、フィンテックが金融包摂の推進力となると考えられることから、現在多くの国で積極的な取り組みが行われており、その成果が注目されている。
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