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アジア・マンスリー 2016年4月号

【トピックス】
ASEAN諸国の金融安定と高まる中国の影響度

2016年04月04日 清水聡


ASEAN諸国は、金融安定を維持するために適切な政策を実施していくことが求められる。今後、中国の海外市場に対する影響度がますます高まることが予想され、その点への配慮も不可欠である。

■アジア向けの資本フローの変動がもたらした影響
近年、先進国から途上国に向かう資本フローは拡大し、途上国に多大な影響を及ぼし、多くのメリットとリスクをもたらしてきた。ASEAN諸国も例外ではない。第1に、先進国との金融的な連動性が強まっている。近年のASEAN諸国向け資本フローの拡大は主に債券投資においてみられたが、現地通貨建て投資の増加は為替リスクが投資家側に移転することを意味し、それが資本フローのボラティリティの上昇を招いている。ASEAN諸国の立場からみれば、国内金融資本市場が国際金融情勢や先進国投資家のリスク態度に左右される度合いが上昇し、先進国市場に連動しやすくなったといえよう。連動性が高まれば攪乱要因が増え、ASEAN諸国の経済運営も難しくなる。

第2に、資本流入に伴う流動性増加効果である。流動性の増加は、インフレやそれに伴う実質為替レートの増価に結びつくとともに、銀行融資や債券発行の形で国内信用の伸びを高め、民間債務(企業・家計債務)の拡大を招いている(下表)。また、外貨建て債務の増加につながることも多い。

これらにより、企業や家計部門の信用リスクが高まり、場合によっては銀行などの金融機関の健全性にもマイナス影響を及ぼしかねない。また、資本流入が拡大する局面では、自国通貨の増価を抑制するための為替市場介入によって外貨準備が増加する一方、同時に外貨建て債務が拡大すれば、対外的脆弱性は高まる可能性がある。逆に、何らかの要因で資本が流出に転じれば、資産価格の低下、信用(流動性)の縮小、経済成長率の低下などがもたらされる。

2013年5月に米国で量的金融緩和政策の変更が示唆されたことをきっかけに途上国から資本が流出したが、アジアにおいても、10カ国・地域(韓国・香港・インド・台湾・ASEAN5カ国・ベトナム)へのネット資本流入額は、2013年4~6月期以降、証券投資やその他投資を中心とする流出によってマイナスが続いている。こうした中、最近まで、アジア通貨の大幅な減価や外貨準備の減少が続いてきた。そのため、外貨建て債務が抱えるリスクに対して改めて注目が集まっている。これは、特に短期債務の場合、借り換えのリスクが大きい上に、調達金利の上昇や自国通貨の減価により返済負担が急増するリスクが伴うためである。

■ASEAN諸国の金融安定に関する現状評価と求められる政策
アジア諸国は、97年の通貨危機により経済・金融面で甚大な被害に見舞われた。その教訓から多くの改革が実施され、対外的脆弱性や金融的脆弱性は著しく改善し、外的ショックに対する抵抗力が増した。そのことが、2008年の世界金融危機に際し、アジアにおける影響を最小限に抑えることに貢献したと考えられる。

しかし、2008年以降の資本流入の拡大に伴い、対外的・金融的脆弱性は悪化する方向に向かったといえよう(下表)。もちろん、この状況はすぐに危機が到来することを意味するような深刻なものではなく、97年のような危機の再来を心配する必要はないものの、ASEAN諸国の対外的・金融的脆弱性は混乱の可能性を高める要因となりうるし、実際に混乱が起こった場合には、脆弱な国ほど大きな影響を被ることになろう。

また、2013年5月以降の状況は、対外的・金融的脆弱性に加えて、経済面のファンダメンタルズ(財政収支、インフレ、経済成長見通しなど)が資本流出による影響の程度を左右することを示している。ASEAN諸国には、外的ショックに対する抵抗力を高める政策を実施していくことが求められよう。具体的には、①資本フローの変動に対してマクロ経済政策(金融政策、財政政策、為替政策)を適切に運営すること、②金融的脆弱性を改善するため、マクロプルーデンシャル政策や資本取引規制を活用して国内外からの信用の過度な拡大を抑制すること、③国内金融システムの整備に注力すること、④緊急時の流動性供給体制の構築などの域内金融協力を強化すること、があげられる。また、中国の景気減速の影響などから、ASEAN諸国の成長は中期的にペースの鈍化が見込まれるため、生産性の向上や資源輸出依存からの脱却など、従来とは異なる成長経路を歩むための構造改革に注力することが不可欠と考えられる。

■金融面での中国の影響の拡大
中国では、実質GDP成長率の予想以上の低下や人民元の減価傾向が続き、拡大した企業債務に伴うリスクに対する懸念も高まっている。2015年末にはIMFの特別引き出し権(SDR)を構成する通貨バスケットに第5の通貨として人民元を加えることが決定されたが、それによってどの程度金融資本市場改革が進むかは未知数である。また、株価や為替レートの変動をコントロールするために市場経済の観点からみれば通常とはいいがたい政策が多く実施され、今後の改革の方向性に対する市場の信認は低下している。

こうした政策の不透明性に対する懸念に加えて、中国の景気減速は、世界貿易の減少や商品価格低下の原因ともなっている。また、人民元の減価は、各国の国際競争力を変化させている。このように、中国の経済・金融情勢が世界経済、特に途上国経済に及ぼす影響は高まり続けている。

影響が波及する主なチャネルは経済成長や貿易であるが、2010年以降、信認のチャネルや金融面の直接的な結びつきも強まっている。その背景には、資本取引の自由化・多様化がある。例えば、国際債券市場で中国企業のドル建て債発行が多数行われていることや、上海・香港相互株式投資制度などの資本取引の新たな経路が創出されたことを想起すれば、金融面の結びつきが強まっていることは明らかであろう。

中国の対外資産負債残高を米国と比較した場合、対外直接投資や対内・対外証券投資に関しては米国が圧倒的に大きく、現時点においては米国のアジアに対する金融面の影響は非常に大きい。しかし、今後、中国の株価・為替変動が海外市場に及ぼす影響はますます強まろう。アジアの域内金融統合が緩やかに進み、米国の影響度が低下する一方、人民元の国際化が進んで中国の影響度が一段と高まる展開も予想される。こうした中、ASEAN諸国が金融安定を維持するためには、米国と中国の双方からの影響に配慮した政策対応を迫られることになる。
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