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創造的な新事業を創出する人材は育てられるか

2016年09月27日 木通秀樹


 既存産業において厳しい競争と淘汰が進む中、特異性がある新産業には惜しみない投資が行われるという現在の市場環境においては、創造的新事業を創出する人材は企業のかけがえのない財産となる。こうした認識はこの数年の間に広まり、イノベーティブな人材の育成が積極的に進められるようになってきた。
 この数年間は、デザイン思考に代表される顧客視点の商品開発手法による人材育成が注目されてきた。しかし、企業が期待するような成果はなかなか得られていないのが実態だ。こうした取り組みは、顧客視点での商品開発を根付かせるという点で一定の成果があったものの、既存の商品開発手法の改善であり、社会に新たなビジョンを提示して新市場を開拓するような成果には結びつき難いことが分かってきた。
 従来の手法は、誰にでもできるスキルを重視しているため、人材の深層の基盤となる能力(ここでは、「素養」と呼ぶ)そのものを発展させることには貢献しにくいところに課題がある。当社では、こうした課題を解決するため、人材の素養を発展させる人材育成に取り組んできた。

 新たなビジョンを提示して新事業の創出を行った人材とその発展過程を徹底的に分析した結果、新事業の創出には共通したプロセスが存在することが分かった。新たな挑戦を開始するも成果が出ずに悶々とする期間を経て、さまざまな社会的な意義や自身のビジョンに対して自問自答を続け、その後に、新たな視点を見いだし、それまで悶々としていたものが晴れて、新たなビジョン・目的が生まれるというプロセスである。
 ここで必要となる人材の素養としては、常に問題の近くで深い観察ができる素養(感性基盤)、観察した事象に違和感や共感を得る素養(価値観基盤)、違和感や共感を得た情報と他の情報がつながって新たなビジョンや目的を見いだす素養(情報基盤)、漠然としたビジョンや目的を独自の方法で実現化する素養(手法基盤)、悶々とした中でも使命感や粘り強さを持ち続ける素養(経験基盤)といった代表的なものがあることも分かった。新事業立ち上げの前段階となる悶々とした時期を漫然と過ごすのではなく、深い価値観で社会的課題を見つめ、自分を信じ、無意識の深い観察と様々な情報との結び付けの機会を見いだし続けることが重要だとの示唆も得られた。単なる技法(スキルやフレームワーク)ではなく、こうした素養を発展させることこそが、新たなビジョンを提示して市場を開拓する人材育成なのだというのが結論である。

 また、こうした素養は最先端の脳科学の知見を用いることで一定程度計測できるようになってきた。当社では、東京大学との共同研究で無意識の脳活動を可視化して、自ら積極的に無意識状態の脳活動を行っていく「脳の素養」と呼べる手法を開発している。
 近年、マインドワンダリングと呼ばれる無意識状態の脳活動がストレスの原因として注目されている。マインドワンダリングは、無意識に過去の記憶や感情を結び付けて、脳内で何度も想起する現象である。無意識の中で怒りや悲しみの感情が結びついて増幅されるとストレスが生まれる。ただ、マインドワンダリングは常に悪者ではない。課題を集中して考え続けた後に、お風呂などでリラックスした際に無意識に課題と他の情報を結び付けることでアイデアが生まれるなど、創造性の効果が期待される脳活動でもある。
 当社では、マインドワンダリングを引き起こす脳のDMN(Default Mode Network)状態を計測して、自ら状態を確認しながら、無意識の脳活動を積極的に引き起こすことができるようにする能力開発も進めている。現場でさまざまなものが観察できるようになるには、意識して一つ一つを見ているだけでは新たな気づきを得る確率は高まらない。無意識の脳に仕事をしてもらい、自動的な観察と過去の記憶との結びつけ、実現化までをバックグラウンドで進めることが重要だ。脳の無意識の領域をうまく使うことができる人材とそうでない人材の差は決定的な違いとなる。

 当社では、社内で試行を繰り返してきた素養開発技術(Spreading Activation Basis Training:脳の拡散的な活動を活用した基盤修得手法)を、社外でも取り入れていただけるように現在準備を進めている。従来のMBA等のマネジメント手法を応用した各種のイノベーション推進フレームワークの限界を超えて、イノベーションを推進する人材の育成を目指す。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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