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創業支援の「一般化」と「多様化」を

2016年08月22日 富樫哲之


1. 産業競争力強化法に基づく創業支援スキームの特徴等

(1) 背景
 平成26年2月に施行された産業競争力強化法(以下、「強化法」)に基づき、「創業支援事業計画」(以下、「事業計画」)を策定し国から認定を受けた市区町村は、第8回認定時点(平成28年5月20日)で1,158(全市区町村の約67%)に上る。
 国が強化法を整備し、全国規模で創業支援を推進する背景には、国内における企業の新陳代謝が不十分という認識がある。つまり、強化法による創業支援の推進は、平成25年6月に閣議決定された「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」で掲げる「開業率が廃業率を上回る状態にし、米国・英国レベルの開・廃業率10%台(現状約5%)を目指す」という目標を達成することへの寄与を一つの目的としている。現時点での開・廃業率は5%以下にとどまっているため(※1)、10%台という目標達成のためには多くの新規開業が必要となり、必然的に全国的な取り組みが求められる。

(2) 特徴
 強化法による創業支援の特徴は、国がスキーム全体を主導しつつ、市区町村が事業計画の策定主体となる点にあり、地域の特徴を踏まえながら全国共通の枠組みの中で支援が行われる。
 具体的には、国は、事業計画に含むべき項目を示すとともに、計画の認定、認定後の各種支援(創業・第二創業促進補助金等)を行うなど、市区町村に事業計画の策定を促し、地域の取り組みをバックアップする役割を担う(※2)。一方、市区町村は、事業計画を策定し、当該市区町村と民間の創業支援事業者(商工会議所・商工会、金融機関、NPO、大学、その他民間企業等)との連携による創業支援体制を構築するとともに、具体的な支援に取り組む。
支援を通じた創業者の増加により、前述の「開業率の向上」のほか、地域経済に関連して「地域の活性化」、「雇用の確保」等の効果が期待されている。

2. 現時点での成果および課題・留意点

(1) 成果
 地域における創業支援は強化法施行前から行われてきたが、市区町村や民間の創業支援事業者が個別に活動しているケースも多く、同時に、地域間における支援の水準のばらつきも見られた。
 強化法の施行後2年以上が経過した現在においては、前述のとおり多くの市区町村が事業計画を策定するなど、創業支援の体制・取り組みは着実な広がりをみせている。創業支援の主体としての市区町村の位置づけが明確になり、創業支援体制に基づいた具体的な支援施策が幅広く展開されていることが、現時点での主な成果と言える。また、支援を受けて創業した創業者の数については、現時点では全体での実績が公表されていないものの、顕著に増加しているとする市区町村もある。

(2) 課題・留意点
 一方で、課題・留意点としては、以下のものが挙げられる。

○支援の効率化・自立化
 強化法による創業支援の目的である「開業率の向上」、「地域の活性化」、「雇用の確保」は、いずれも短期間で実現できるものではなく、継続した支援が必要である。
 一方で、市区町村が創業支援に割ける予算等のリソースは限られている。また、国は、現時点において、創業者、創業支援を行う事業者に対する補助金をはじめとした各種支援を実施しているが、強化法に基づき国が集中的に施策を展開する集中実施期間(平成25年度~平成29年度)が経過した後の支援のあり方については、今後議論が本格的に行われる段階であり、現時点では明確になっていない。
 以上を踏まえ、市区町村が継続して創業支援を行う際には、支援の効率化および自立化を図ることが重要になると考えられる。

○地域の視点からの目標設定
 創業支援に関する目標については、国レベルでの「開・廃業率10%以上」のほか、市区町村が事業計画を策定する際に設定する「創業者数・創業支援対象者数」の2種類が存在し、後者については、市区町村が自らのまち・ひと・しごと創生総合戦略におけるKPIとしても用いている場合もある。
 このうち、開・廃業率に関しては、①マクロレベルの指標であること、②長期的に達成を目指す目標であること、③様々な要因により変動するものであること等の特徴があり、創業支援に関する取り組みの目標としてはやや遠大である(※3)
 一方、創業者数等については、市区町村の取り組みを評価する指標ではあるものの、地域における創業支援の本来の目的である「地域経済の活性化」や「雇用の確保」を直接的に表すものとはなっていない。また、雇用や付加価値を継続的に生む事業者の創業を促すアプローチは、地域ごとに異なる。その点、創業者数等は、創業支援の取り組みの程度や成果を市区町村間において比較することには適しているものの、地域における創業支援の具体的な目標としてはやや平板である。
 以上を踏まえ、市区町村が創業支援を行うに際しては、地域特性を踏まえたうえで、開・廃業率や創業者数等と異なる視点からの独自の目標を設定することが重要となると考えられる。

3. 創業支援の「一般化」と「多様化」

(1) 今後の創業支援の方向性
 強化法に基づく創業支援スキームの導入により、創業支援に取り組む体制が全国的に整備された。今後は、市区町村が、自らの実情にあった創業支援を展開することが必要となる。その際には、創業支援の「一般化」と「多様化」の視点が重要と思われる。

○創業支援の「一般化」
 このうち「一般化」は、創業支援をある種のユニバーサルサービスとして捉え、地域におけるインフラとして継続的に運用していく方向性である。
 創業には様々な規模、業態のものがあるが、国内においては、地域密着型の企業(※4)の創業が多い。これらの企業が創業に至るのに効果的な支援(相談窓口の設置・運用、事業計画策定・融資等に関する支援等)は、全国的にもある程度共通していると思われる。これらの支援を、必要最低限のサービスとして位置づけ、そのサービスを全国の市区町村において受けられるような形にすることが求められる。
 「一般化」を進めるためには、事業計画を策定する市区町村のさらなる増加に加え、支援を効率化し、市区町村が自らの負担を軽減することが必要となる。具体的には、市区町村と連携する民間創業支援事業者の役割分担の適正化や、取り組みの広域化を図ること等が有効と考えられる。前者については、現在の事業計画に基づく取り組みの中でも、市区町村の役割を創業希望者の相談を受ける窓口としての機能に特化している例などがある。後者については、共同で事業計画を策定している市区町村も一定数あるが、都道府県等と連携し共通のメニューを提供する等、さらなる広域化の可能性もある。

○創業支援の「多様化」
 一方、「多様化」は、それぞれの市区町村が、地域の特性に応じた独自の創業支援を行う方向性である。「一般化」と違い、ここでの創業支援の内容は市区町村間で大きく異なる。
 「多様化」を進める際には、当該市区町村内での創業支援の位置づけおよび目標を明確化したうえで創業支援を行うことが求められる。具体的なプロセスおよび支援内容は地域により異なるが、留意すべき点は以下のとおり。

①支援する創業者像の明確化
・当該地域において重点的に支援する創業者像を明確にする必要がある。
・例えば、多摩地域において市町村と連携し創業支援に取り組んでいる多摩信用金庫は、地域の創業者について、「地域密着性、社会貢献性」、「非急成長志向、小規模志向」、「創業者の個性や価値観を色濃く反映した事業」、「自分の生活も大事にする働き方」等の特徴を有する「生業的創業者」が多いと分析しており、その特徴に合わせた創業支援のあり方を提示している(※5)
・また、事業計画の中で、関係機関と連携しながら地場産業を対象とした創業支援を行うことを定めている市区町村(岡山市:繊維産業、笠間市:笠間焼等)もある。
・地域の実情に応じた創業支援の実現のためには、これらの方向をさらに推し進めるとともに、事業承継や第二創業、週末起業等、創業の形態についても考慮に入れてターゲットの設定を行うことが有効である

②他の施策との連携
・創業支援は産業振興だけではなく、地域経済全体に関連する施策であり、また、労働のあり方等にも関連する社会政策の一部でもある。
・市区町村は、創業支援について、総合戦略等の中でその位置づけや他の施策との関係について整理するとともに、実際の支援の場面においても、他の施策と連動させること等により地域の実情に応じた形で実施することが望ましい。
・例えば石川県七尾市では、市、商工会議所、のと共栄信用金庫、日本政策金融公庫の4者が連携して創業支援を行っているが、その中で、「移住」、「女性の活躍」、「ソーシャルビジネス」等に関する施策と創業支援に関する施策をパッケージ化して提供している。

③自立的な運用
・創業支援の「多様化」は、市区町村の判断により独自に行う性質のものであり、自立的な運用が求められる。どの程度のリソースを投入しどのような効果を目指すのか、独自に目標を設定するとともに、モニタリング等をとおして成果を把握する必要がある。
・市区町村の実情を踏まえ、「一般化」には対応するものの「多様化」には取り組まないという判断を下すことも十分に考えられる。

(2) まとめ
 わが国の経済成長において、企業の新陳代謝の活性化は重要な要素の一つであり、特に創業者の増加に資する支援が求められてきた。その具体的な対応として、前述のとおり、強化法に基づく創業支援スキームが導入され、市区町村が中心となった地域における創業支援体制が一定程度整備された。
 また、国が地方創生に関連する施策を推進する中で、地域金融機関の創業支援への姿勢もより積極的なものに変化している。各種報道によれば、金融庁は今夏、地銀等による地域経済への貢献度を測る新たなベンチマークの導入を予定しており、これを受け、地銀等の地域金融機関による創業支援を含めた地域企業支援の取り組みは、今後より活発になると予想される。
 今後は、創業支援の取り組みの裾野をさらに広げるとともに、地域の特性に応じた効果的な支援の展開を目指すことが重要であり、その結果としてはじめて、開・廃業率の上昇が実現することが望ましい。
以上

(※1)「日本再興戦略2016」によれば、平成26年度の開業率は4.9%、廃業率は3.7%。
(※2)スキームの詳細は、中小企業庁創業・新事業促進課、総務省地域政策課「産業競争力強化法における市区町村による創業支援のガイドライン」(平成28年4月)参照。
(※3)「日本再興戦略2016」においても、「開業率・廃業率については、政府の施策だけでなく、社会の起業に対する意識の改革も必要とし、長期的な目標となるため、今後10年間を見据えた補助指標として、「起業活動指数(「起業家精神に関する調査」において、「起業者・起業予定者である」との回答を得た割合)を今後10年間で倍増させる。」を設定。」との記述がある。
(※4)日本政策金融公庫総合研究所「2015年度新規開業実態調査」においては、国内における2014年4月~9月までの新規開業者について、業種別では、「サービス業」(23.2%)、「医療、福祉」(19.5%)、「飲食店、宿泊業」(15.9%)の順に多く、商圏の範囲は、「事務所や店舗の近隣」が15.8%、「同じ市区町村内」が36.3%となっているなど、地域に密着して事業を展開している企業が多い傾向が見て取れる。
(※5)多摩信用金庫、多摩大学地域活性化マネジメントセンター「2014年度多摩地域の創業実態に関する調査研究報告書」(2015年3月)

※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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