オピニオン
アートが職場のイノベーションの触媒となる可能性
2016年07月26日 菅野文美
多くの日本企業が、これまで、社会貢献活動の一環としてアートを熱心に支援してきた。バブル期にブームになったメセナ(企業の文化支援活動)はやや下火となったものの、資生堂、ベネッセホールディングス、トヨタ自動車、アサヒビール、大林組など、信念を持ってアートを支援し続けている企業は少なくない。ただ、アートと本業との間に直接的な関わりが明示されることは必ずしも多くはなかった。
それが近年、海の向こう側に目を凝らすと、アートとビジネスのあいだに新しい関係性が生まれているように見える。世界の先進企業が、アーティストとの恊働を通じて、イノベーション創出のための土壌作りに取り組んでいるのだ。その代表例が、世界最大のソーシャル・ネットワーク・サービス企業であるFacebookによる取り組みである。Facebookは、2012年に、Artist in Residence(AIR)プログラムを始めた。Facebook専属のキュレーターに選ばれたアーティストが、数カ月にわたってFacebookという企業に身を置き、そこで起きていることを観察し、社員と交流しながら、オフィスの壁、階段、廊下、カフェ、自転車置き場、など至る所に作品を直接描く。Facebookの狙いは、社員の働き方にポジティブな影響をもたらすことだという。アーティストの現状批判を恐れないイノベーティブな思想や、作品ができあがるまでの試行錯誤のプロセスに社員は常に触れ、それに囲まれることで、自身の冒険心や創造性も高まる効果を期待する。
Facebookを皮切りに、アメリカの企業の間では、本業との化学反応を狙ったAIRプログラムが広がりつつある。例えば、2D・3D設計ソフトウェアを開発するAutodeskは、アーティストに同社のソフトウェアを使った創作活動をしてもらい、アーティストからのフィードバックに基づいて新しい機能を開発した。アーティストは同社が想定しない用途にソフトウェアを使うことが多いため、全く新しい観点からフィードバックを提供できるということだ。
実は、日本企業の間でも、イノベーション創出に対する問題意識が高まる中、企業内人材の感性や創造性を高めるために、アートを活用する動きが出現している。マネックス証券は、AIRプログラムを実施する数少ない日本企業の一つだ。2008年から毎年1名のアーティストに会議室を2週間解放して創作活動を依頼し、会議室の壁を作品展示の場として一年間提供している。アーティストが制作過程で社員向けに開催したワークショップで社員が意外な能力を発揮する、アート作品に触れて社員の既成概念に揺さぶりをかける、といった効果が感じられるそうだ。
こうした活動は、従来のアート支援や、商品デザイン、マーケティングの次元を超え、イノベーションを創出する企業文化構築を目指した新たな動きと言えよう。企業がアートのエッセンスをイノベーション創出に活かすためには、短期的な効果を求めず長期的な投資と捉えること、アーティストの独立性を担保することが重要と考える。日本企業もアートとの新たな関係性を模索してみるのはいかがだろうか。
※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。