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CSRを巡る動き:中国で拡大する排出量取引

2016年05月02日 ESGリサーチセンター


 2015年9月、中国政府は、2017年から中国全土で二酸化炭素(CO2)の排出量取引制度を導入することを公表しました。中国のエネルギー起源CO2排出量は2013年時点で約90億トン、世界で最も排出量が多く、世界全体の排出量の約28%を占めています。大量排出国である中国が排出量取引制度を導入すれば、世界の排出量取引市場にも大きなインパクトをもたらすと考えられます。

 2017年から中国全土で導入予定の排出量取引制度は、排出量の上限となる排出枠(キャップ)を設定し、キャップを割り当てられた事業者間で余剰排出量や不足排出量を売買することができる「キャップ&トレード」と呼ばれる制度です。海外ではEUが2005年、全世界に先駆けてこの制度を導入しました。米国ではカリフォルニア州などの州単位で導入されているほか、カナダでもケベック州が導入しています。最近ではアジア諸国でもキャップ&トレード型の排出量取引制度を導入する動きが広がっており、2015年からは韓国でも開始されました。2015年時点で、全世界で5カ国、14自治体が排出量取引制度を既に導入済もしくは導入予定となっています。日本では、自主参加型の排出量取引制度が2008年~2013年に試行的に行われたほか、東京都や埼玉県など一部の地方自治体において導入されていますが、日本全土で強制的に排出枠を割り当てるキャップ&トレード型の制度の導入は、産業界からの抵抗も強く、実現には至っていません。2016年3月にとりまとめられた「地球温暖化対策計画(案)」でも国内排出量取引制度については、「我が国産業に対する負担や~国内において先行する主な地球温暖化対策(産業界の自主的な取組など)の運用評価等を見極め、慎重に検討を行う」という消極的な表現にとどまっています。

 中国では、全土での排出量取引制度の導入に先駆け、2011年から、2省(広東省、湖北省)および5都市(北京、天津、上海、重慶、深セン)において排出量取引制度のパイロット事業を開始しています。このパイロット事業に参加する企業は約2,000社、CO2の排出割当量は約12 億トンに及び、2015年6月末には取引額が計約8 億3,000 万元(約168億円※)に達したと言われています。各パイロット事業によって、対象セクターや対象企業の閾値、排出枠の割当方法は異なり、平均取引価格は約30~80元(約600~1600円※)、取引量は約2,500万トンと十分とは言えないものの、全国版の排出量取引制度を設計するうえでの下準備は着々と進められてきたのでした。2014年12月、中国国家発展改革委員会(NDRC)は、各パイロット事業で得られた知見をもとに、統一した管理方法を作るため「炭素排出権取引管理暫定弁法」を発表し、2015年1月から施行しています。

 これらのパイロット事業での経験を踏まえ、NDRCは2017年から中国全土で排出量取引制度を開始するため、2015年12月に「全国炭素排出権取引管理条例(草案)」を国務院審議に提出しました。早ければ、2016年に当該条例と関連実施細則が発表される見込みです。2016年1月にNDRCが出した「適正な全国炭素排出権取引市場始動の重点取組に関する通達」によると、対象は、石油化学工業、化学工業、建材(セメントを含む)、鉄鋼、非鉄金属、製紙、電力、航空などCO2排出量が多い主要産業に該当し、かつ2013年から2015年までのいずれかの1年間にエネルギー総消費量が1万トンの標準炭以上に達する事業者としています。外資企業、合弁企業なども例外ではありません。排出枠の割当方法については明らかにされていませんが、「炭素排出権取引管理暫定弁法」によると、初期段階では業種毎の状況を踏まえ、関連業界主管部門の意見を参考にした上で、主に無償割当を導入するとしています。全土での排出量取引制度が導入されれば、異なる都市間での企業間取引も順次、拡大するでしょう。NDRCの試算によると、中国全土に拡大すればCO2の取引量は30~40億トン、取引額は12~80億元(240~1,600億円※)に上るとされています。世界最大の排出量取引規模であるEUで2015年に流通したCO2の取引量は約50億トンですから、それに匹敵する規模の取引市場が形成されることになります。

 中国でのこうした動きは、日本企業にとっても他人事ではありません。既に中国で行われているパイロット事業の中には、日本企業の工場を規制対象に入れている事業もあります。中国全土の排出量取引制度でも、多くの日本企業が対象になることが見込まれます。さらに、CO2の大量排出国である中国で排出量取引制度が本格始動すれば、全世界での炭素取引市場の形成にも弾みがつく可能性があります。CO2に価格がつき、排出にコストがかかるという世界が当たり前になれば、グローバルに事業を展開する企業では、今後、海外での事業活動に伴うCO2の排出コストが増加するという事態も予想されます。日本では、CO2排出にコストが生じるという感覚は一般的ではありませんが、そうした常識が通用しなくなる時も近いかもしれません。省エネルギーや再エネルギーの導入をさらに進めなければ、CO2排出がコスト増や経営を不安定化するリスク要因になる時代が、いずれはやって来るでしょう。

※1元=20.2円(2015年6月時点のレート)で換算。
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