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取締役会機能の再定義によるコーポレートガバナンス改革

2016年04月22日 上杉利次


取締役会改革に関するコーポレートガバナンス・コードの実践状況
 2015年6月施行のコーポレートガバナンス・コードでは、経営の「監督と執行の分離」が大きなテーマの一つとされており、取締役会は「企業戦略等の大きな方向性」を示した上で、「独立した客観的な立場」から経営陣の監督を行うものとされている。併せて独立社外取締役を2名以上選任すべきとの原則もあることから、各社において監督機能の強化を理由として社外取締役の増員が進められている。しかしながら、対応としては、従来の社外監査役を社外取締役として登用できる監査等委員会設置会社への移行を検討する事例や、経営に関する見識・経験が必ずしも十分ではないと思われる人選も散見され、形式的な対応にとどまる企業も多いのが実情と考えられる。
 背景として、社外取締役の需要の急増に対する人材不足のために複数の社外取締役を確保することは容易ではないという事情もあるが、より本質的には、従来の日本企業の経営では、以下に述べるように監督と執行の分離や社外取締役の存在は必ずしも重視されてこなかったという点が挙げられる。

日本企業におけるコーポレートガバナンスの課題
 監督と執行の分離は過去には執行役員制度の導入において推進されてきたテーマであり、同制度の導入により、業務執行の「実行機能」を取締役会の構成員である取締役から分離する効果は一定程度見られたが、「意思決定機能」については取締役会に残されたままである。日本企業の取締役は内部昇格の結果として選任される場合が主流であり、社内取締役の間には「上司と部下」の関係が歴然として存在するため、取締役会での意思決定における「合議」は社長の判断の「追認」となり形骸化している事例や、社内人員のみで構成される経営会議等での事前の決定事項を承認することに取締役会の時間が費やされている事例が散見される。取締役会は(形式的な)意思決定機関の色合いが強く、監督機関としての役割は果たされにくい。
 このような「ガバナンス」の実情について、従来の日本企業では一定の合理性が存在していたという見方も存在する。すなわち、経営環境が大きく変化しない場合には、事業部門出身の経営陣がその経験に裏打ちされた「事業運営」を担い、既存事業を成長させることが、企業価値の向上につながっていた。このような認識の延長にある企業では、社外取締役の人選において、人材不足の中で形式的な対応を超えて必要以上に検討するインセンティブは小さいと考えられる。
 しかしながら、近年ではグローバル化の進展とともに事業内容の多様化・複雑化が進み、過去の経験のみからは「想定外」となる環境変化に直面するリスクが格段に高まっていると言える。社内人材を中心とした経営では外部環境を加味した事業の適切な新陳代謝を進めることは難しく、経営トップが過去の成功体験から出身事業の成長性を過大評価し、次の柱とすべき事業の育成よりも当該事業への投資を過度に優先した結果、投資回収がままならずに資金繰りが悪化し、経営の屋台骨を揺るがす事態を招いた企業も存在する。
 これからの取締役会で議論すべきは、既存事業領域にとらわれない企業としての中長期の成長戦略や、かつての主力事業からの撤退の可能性も含めた事業構造の改革等と考えられ、そのために既存事業から中立の立場となる社外取締役を積極活用し、外部の眼による適切な牽制や成長に向けた後押しとなる助言を得てガバナンスを強化する必要がある。
 上記のガバナンス強化に向けた課題として、従来型の意思決定機能を備えた取締役会では個別の業務執行に関する議案が中心となるために、(社外取締役の人選自体は適切であったとしても)必要な議論を深く行えないという構造が存在しており、以下に改革の方向性を述べる。

コーポレートガバナンス改革の方向性
 前述の課題認識を踏まえて、取締役会の機能・役割を再定義することが必要と考える。冒頭に述べた「企業戦略等の大きな方向性」を示すことがその役割の一つであるとすれば、経営方針等の枠組みに関する意思決定は取締役会で行う必要があるが、個別の業務執行については、取締役会付議基準や決裁権限規程の見直しにより業務執行取締役に権限を委譲し、取締役会の業務執行への関与を極力少なくすることで、より客観的な立場から監督機能を果たしやすくする。この観点において、重要な業務執行の決定を取締役に委任可能な監査等委員会設置会社への移行も有効な手段の一つと考えられる。
 取締役への委任に伴い、業務執行責任が明確化され、取締役会は経営陣の監督に集中することになり、その役割は経営陣の評価(指名・報酬)に帰結する。このため、独立社外取締役を過半数とする指名・報酬委員会を諮問機関として設置し、指名・報酬機能の一部を取締役会から切り出すことも、冒頭に述べた「独立した客観的な立場」での監督機能の強化に有効と考えられる。実際に、委員会での審議内容が次期社長の選任に重要な役割を果たした企業も存在する。
 なお、重要な業務執行の委任や指名・報酬委員会の設置に関しては、以前より存在する機関設計として指名委員会等設置会社への移行も選択肢となる。しかしながら、社外取締役が過半数を占める法定の指名委員会、報酬委員会が取締役の選解任、報酬に関する決定を担うため、ガバナンス体制の大きな変更を伴うことになることから、その判断は各社において分かれており、一般には移行のハードルが高いというのが現状の認識である。

 取締役会機能の再定義により、経営環境の変化に適合した経営陣による迅速・果断な業務執行の意思決定と、取締役会の監督によるその合理性の確保という監督と執行の役割分担を明確化する。これにより、形式的なコード対応や不祥事回避のみにとどまらない、持続的な企業価値向上に向けた健全なリスクテイクを促進することが、既存事業の価値観・ビジネスモデルにとらわれない、今後の企業経営に資する「攻めのコーポレートガバナンス改革」を実現していくと考える。



※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません

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