オピニオン
買い物弱者とO2O(online-to-offline)
2016年03月08日 劉磊
人口減少、高齢化社会を迎える日本にとって、特に地方部では「移動不便者」が増加している。移動不便者の多くは高齢者であり、自動車の運転が困難になった方々である。人口減少の著しい地域においては鉄道の廃線やバス路線の減少が進行しており、自動車を運転できなくなった方は、日常の足を失って、日々の生活を営む上でも深刻な状況に直面している。日常の移動手段に関する選択肢が限定的になっていくなかで、自力で移動する歩行能力などの身体能力は加齢と共に確実に低下する。国土交通省の調査によれば、歩行能力に関しては、75歳では一度の外出で歩行できる平均距離は500 m程度である。一方で、高齢者の外出する目的に目を向けると、外出の目的第一位は「買い物(17.1%)」、第二位は「通院(12.5%)」である(内閣府調査)。こうした情報を結び付けてみると、特に地方部においては高齢者は「移動不便者」であり、その結果として「買い物弱者」や「通院弱者」であることを示している。
買い物弱者の一般的な定義は、「流通機能や交通の弱体化とともに、食料品等の日常の買い物が困難な状況に置かれている人々」である。先ほどの歩行能力と照らし合わせると、生鮮品販売店舗が500m 圏内にない高齢者は全国で1,100万人(39%)、うち自動車を持たない高齢者は380万人(13%)で、いずれも近年増加傾向にある(農水省調査)。本コラムではこれまでシェアリングエコノミーを機軸に、コミュニティ密着型の次世代交通システムの有効性を論じてきたが、本稿では「買い物」という機能に焦点を当てたい。食料品、日常消費財の購入は生活を営む上で基礎となるからである。
買い物のサプライサイドに関しては実際の店舗を構える小売業と、インターネット等を利用する電子商取引(以降、EC)に分けて、それぞれの現状を紹介する。実店舗を主とする小売業界では、業界全体の市場規模は横ばい、もしくは微減傾向が近年続いている。業態別では、トレンドとして百貨店、スーパーの衰退とコンビニエンスストア(以降、コンビニ)の「一人勝ち」である。コンビニは、身近にあるアクセスの良さ、24時間利用できる利便さといった物理的利点もあるが、近年特に高齢者をターゲットにしたマーケティング戦略が奏功している。「お一人さま向け商品(お惣菜、食材の少量パッケージ商品)」の開発と展開が代表的な事例であり、その結果として、利用者層における高齢者の割合が増加傾向になっている。一方で、コンビニは店舗を持ち、商品を陳列し、在庫をある程度抱える性質上、運営経費をまかない、利益をあげるための商圏という「壁」から免れない。そのため、全国平均で見ると、コンビニの半径500m圏内に住む65歳以上の高齢者は6割程度である(株式会社三井住友トラスト基礎研究所「コンビニ難民の市区町村別推計」)。破竹の勢いで成長してきたコンビニも、進出できる商圏の限界を迎えつつあり、高齢者マーケット全体に歩み切れていないことが分かる。
現実世界の小売業に対して、インターネットの仮想空間を基軸とするECマーケットは拡大傾向を維持し、取扱商品数、取引額ともに増加傾向にある。経産省の直近の調査によれば、2015年の国内消費者向けEC市場規模は12.8兆円であり、前年比14.6%増であった。その背景にはスマートデバイスの普及、決済システム技術、デジタルマーケティング技術の進化およびICTインフラの高速化などの要素がある。若年層(~39歳)で利用者数を増やしているECであるが、高齢者市場(70歳~)ではデジタルデバイドという「壁」のため苦戦している。総務省の家計消費状況調査によれば、EC利用世帯の割合は、70歳以上の世帯でわずか11.4%にとどまっており、インターネット、スマートデバイス等に適応できない高齢者の現実を語っている。首都圏では大手EC業者による「生鮮品の当日配達」といった新しい試みもなされているが、デジタルデバイドされた高齢者がその恩恵を享受することは難しい。
コンビニの商圏の壁、高齢者のデジタルデバイドの壁。この二枚の壁を打ち破って高齢者の買い物問題を解決するためには、どのようなソリューションを提示すべきか。移動販売、小型店舗の出店などの支援策に対して、立ち上げから一定期間までのコストを一部公的資金で支援するモデルがこれまで試行されてきたが、補助期間終了までに事業が一定の損益分岐点に達した事例は少ない。需要が見えない中、在庫を抱えたためにかさむ運営経費が一因であると考えられる。
現実世界の接点を維持しつつ、特に運営経費を抑えるモデルとして、実店舗とECの強みを融合したO2O(online-to-offline)の概念を利用することが考えられる。O2Oショップでは実際の商品は陳列せず、タブレット端末等を設置して、来店した顧客へのECを利用した買い物サポートと購入した商品の受け取りに機能を限定する。これにより、既存のコンビニの4分の1程度の店舗面積での運営が可能となり、店舗の運営経費を大幅に圧縮できる。また、在庫管理等の業務を排除することで、人的コストの削減も期待できる。運営経費の削減は、コンビニでは進出が困難であったより小さい商圏(高齢者徒歩圏である500m以下)への展開を可能にする。さらに、O2Oショップではスタッフのサポート下でECが利用できることで、これまでECを使い慣れていなかった高齢者も利便性を享受でき、同時にオンライン詐欺などのリスクから高齢者を保護することも期待できる。商品購入、商品受け取りの場にショップのスタッフが介在することで、信頼とコミュニケーションが生まれることも、高齢者の日常生活を支える機能として期待されるものである。
イノベーションの語源は物事の「新結合」「新しい用法」などにあるとされる。現実世界の接点と信頼を提供する小型店舗と、ECの利便性、効率性を掛け合わせる事は、買い物弱者の生活を改善するバリューイノベーションであると考える。その実現の可能性を、追求して行きたい。
※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。