オピニオン
未来の芽を掴み取る“スキャニング”
2016年02月01日 粟田恵吾
フォーキャストからバックキャスト/フォーサイトへ
「未来は予測できない、ということだけは予測できる」
これはP.F.ドラッカーの言葉です。「断絶の時代」(ダイヤモンド社、1969年)において、すでに経済・社会の非連続性(discontinuity)を唱えた経営学者ならではの慧眼だと感じます。すなわち、未来予測を必要とする我々が前提に置かなければならないのは、「未来は現在の延長線上にはない(ことが多い)」という事実であり、不確実性が高まった現代において、ますますその傾向を強めていると考えられます。
では、本当に未来は予測できないのか。未来予測には各種の手法がありますが、今世紀に入ってからは「フォーキャストではなくバックキャスト」という言葉を耳にすることも多くなりました。
フォーキャスト(forecast)は現在からのデータの積み上げで未来を予測する考え方であり、統計的手法(重回帰分析など)や有識者デルファイ法などの量的手法があります。しかし、この手法ではどうしても不確実性や非連続性には弱いため、アンチテーゼのようにバックキャストという考え方が出てきました。これは先に未来のあり方を複数想定し(ありたい未来)、そこへ到達するためにはどうなっていなければならないかを考えるという意味では、量的予測以上に質的洞察を重視し、未来へ向かってのアクションプラニングにフィードバックしようとするものです。欧米ではフォーサイト(未来洞察)と言われ、企業のみならず政府や自治体なども取り組みを進めています。
ちなみに、未来予測において世界的に有名な日本の科学技術予測(NISTEP)においても、従来の有識者デルファイ法による分野別予測では①分野横断型の予測が困難、②社会・生活者の予測が困難、③産業界のビジネスイノベーションを支援しにくい、などの理由から、特にEU各国が採用するフォーサイトやホライズン・スキャニングの検討を開始していると聞きます。
非連続な“未来の芽”
フォーサイト(未来洞察)において有力な手法としてはシナリオプラニングがありますが、同じSRI(Stanford Research Institute)において同時期(1970年前後)に開発された「スキャニング」という手法が現在注目され始めました。
スキャニングの開発に携わった英国Business Futures Networkのジム・スミス氏にインタビューしたところ、開発のきっかけは、ある研究に行き詰まっていた専門家が他分野の論文のアブストラクト(概要)だけを斜め読みしたときの“気付き”“ひらめき”だった、と聞きました。つまり、専門家ほどインプットされる情報は「狭く深く」なりがちで、専門外の情報やマイナーな情報がインプットされにくい状態にあることが非連続な未来を観る力を弱めているのではないか、という仮説から誕生しているというのです。
これらの背景から、不確実で非連続な“未来の芽”を「広く浅く」観る手法としてスキャニングが提唱され、未来デザイン・ラボでも本年より本格的にその体制を始動しています。スキャニング自体は誰でもできる開かれた方法ですが、日本総研で行うスキャニングの手順と例を紹介します。
手順
1. 新聞雑誌の記事などから「これは非連続な未来の芽ではないか」と感じた記事をピックアップする(世界中から分野を問わず集める)。
2. 記事の要約とコメント(未来への示唆)、タイトルをつける(これをスキャニングマテリアルと呼ぶ)。
3. 複数のスキャニングマテリアル(通常、1回のワークショップで100~150個ほどを使用)を見て、KJ法を使った気付きに応じてクラスター化し、タイトルをつける(これを想定外な社会変化仮説と呼ぶ)。
例
■スキャニングマテリアル(タイトルのみ)
• 自給自足のEVコミュニティバス
• 自転車専用ハイウェイ計画
• レンタル・セグウェイで観光
• 認知症患者が徘徊できる街づくり
■想定外な社会変化仮説
「ゆっくり徘徊」奨励タウン
• 高齢者の健康づくりや買い物などの自発的な外出を支援することが、街づくりの重要課題になってくる(コンパクトシティ政策の一環)。
• 特に自動車依存の高い地方都市においては、高速移動重視の街から低速移動重視の街へと交通インフラのあり方がシフトするだろう。例えば、時速20キロ未満専用の免許・乗り物・道路・駐車場・特典、あるいは高齢者の外出行動に寄り添う信号や横断歩道、乗り物、ナビなど。
• また、高齢者のみならずスローライフを志向する人と、それを支援する産業が自動車業界以外からも参入してくるかもしれない。たとえば、情報通信、観光、商業施設、スポーツ、ファッション、美容、医療、福祉、保険、金融など。
一見すると記事クリッピングのようにも見えますが、通常行われるクリッピングがテーマを決めて微細な変化を追うモニタリングであるのに対し、スキャニングはテーマを決めずセレンディピティを探索するようにアウトトレンド事象を発見する意味で、モニタリングとは正反対の態度が求められるところに特徴があります。
アウトサイド・イン発想のすすめ
スキャニングは、ビジネスマンにとっての強力な「外部情報の内部化」(これをアウトサイド・イン発想と呼んでいます)のツールとして、非連続な未来シナリオ作成や非連続な新事業開発の立案に活用されています。
同時に、このアウトサイド・イン発想に慣れ親しむと、実はKJ法のコンセプトもそこにあったのではないかと気付きます。異文化の人々の生活・文化などを観察しながら、それをカードに起こし、「データをして語らしむ」姿勢でクラスター化する。このコンセプトを理解していないと、つい「自らのモノサシを当て」てしまい、陳腐なクラスターやものの見方に留まります。
アウトサイド・イン発想に慣れることは、経済・社会の不確実性や非連続性に慣れることを意味し、人間の創造性を活用したりイノベーションを生み出したりする原動力になるのではないかと考えられます。
また、未来の芽かどうかは定かではありませんが、エスノグラフィのような人類学的なリサーチ手法でBOPに臨むのも、ある種のアウトサイド・インによる“気付き”効果を期待してのことでしょう。現在の主力事業にどっぷり使っていると、こうした“気付き”を得る機会自体が限定されているのかもしれません。
スキャニングの教えを請いにジム・スミス氏を訪ねた10年前に、彼から「日本企業は70年代においてはイノベーション・ヒーローだったが、21世紀に入り日本企業もアウトサイド・イン発想が必要になったということだね」と言われたのが印象に残っています。
以上
※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません