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アジア・マンスリー 2015年8月号

【トピックス】
日本のメコン地域開発支援とタイプラスワン

2015年07月29日 大泉啓一郎


7月に東京で開催された「日本メコン地域諸国首脳会議」で日本政府は7,500億円の支援を発表した。日本企業が推進するタイプラスワンに貢献するような施策が今後求められる。

■7,500億円を拠出する「新東京戦略2015」
2015年7月4日、東京で「日本メコン地域諸国首脳会議」が開催された。これは2009年にスタートした、日本、タイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムの6カ国首脳による会議で、今回が7回目になる。このなかで、日本政府は2016〜2018年の3年間で7,500億円の政府開発支援(ODA)を柱とする「新東京戦略2015」を発表した。

これまでも日本政府は「東京戦略2012」としてメコン地域の開発に約6,000億円を投じてきた。これらは、カンボジアのネアックルン橋の建設やラオスの国道9号線とビエンチャン国際空港、ベトナムのハノイ・ノイバイ国際空港の整備などに充てられてきた。とくにネアックルン橋の完成により、ベトナム・ホーチミン、カンボジア・プノンペン、タイ・バンコクの大都市を結ぶ「南部経済回廊」が陸路で結ばれたことの経済効果は大きい。

「新東京戦略2015」では、タイからミャンマーに至る南部経済回廊の最終地点にあるダウェー経済特区の開発が含まれた。ダウェーはバンコクから300キロ西(タイ国境から132キロ西)に位置するミャンマーの港湾で、同経済特区までの道路が整備されれば、南部経済回廊はアンダマン海を通じてインドや中東と結びつくことになる。

日本政府は、「新東京戦略2015」による支援が同地域の「質の高い成長」を実現するものだと強調しているが、真に「質の高い成長」を実現するためにはインフラ整備にあわせて、その活用を促す制度整備、人材育成も進める必要がある。たとえば、南部経済回廊のトラックの相互乗り入れの承認や税関手続きの近代化と簡素化などである。これらは当事国間の交渉において実現するものであるが、日本政府もその仲介役としての役割を積極的に果たすべきであろう。

それは同時に同地域での日本企業の活動活発化を促す。日本企業は、タイの生産拠点から労働集約的工程を分離し、それを労働コストの低い近隣諸国に移転することで、サプライチェーンの競争力を高めるタイプラスワンというビジネスモデルを模索している。すでにラオス(サバナケット)、カンボジア(コッコン、ポイペト)では同目的の工場が稼働しており、今回の「新東京戦略2015」にダウェー経済特区開発が含まれたことで、その途中にあるミャンマーのティキがタイプラスワンの新しい拠点として現実味を持ち始めた。

■タイの新しい投資政略との調整が課題
タイ政府も、ダウェー経済特区開発に積極的に乗り出す。すでにミャンマー政府とハイレベル委員会を設置しており、加えて、ダウェーまでの道路整備についての借款供与を決めている。

この背景には、ミャンマーだけでなく近隣諸国との経済関係を緊密化することを通じて国内の所得水準の低い地域の開発を進め、さらにはタイがメコン地域のハブ的存在になるという思惑がある。

タイ政府が2015年1月から施行している「新投資促進戦略(2013〜17)」(詳細は『アジア・マンスリー』 2015月4月号No.169を参照)では、国境地域に経済特区を設置し、同区への投資については法人税の減免などの優遇措置を適用することが示された。すでに10カ所が経済特区に指定されており、ダウェーに抜ける南部経済回廊上のカンチャナブリも経済特区に指定されている。

注意したいのは、先に述べたタイプラスワンの生産拠点の対面にあるタイ側の国境地域に経済特区が指定されていることである(たとえば、ティキとカンチャナブリ、サバナケットとムクダハン)。このようなタイの経済特区の開発がタイプラスワンの進展に悪影響を及ぼすとの見方が出てきた。タイ政府は経済特区で働く近隣諸国の労働者に対して通行ビザ(例:カンボジアに移住しながら国境を越えてタイ側で就業できる)を発給するとしているが、これが実現すれば、一日300バーツの最低賃金制度があるタイ側の経済特区に労働力が流れ、近隣諸国側の国境において雇用確保が困難になることが危惧されている。

一方、タイの工業団地においても雇用を確保するためには、賃金の引き上げだけでは不十分で、複合商業施設を含めた快適な居住空間の整備が必要との声が高まっており、実際に、タイ小売大手セントラルグループが経済特区での複合商業施設を建設する計画を発表した。このことを考えると、タイの経済特区にこうした複合商業施設などが建設されれば、近隣諸国内においても国境に向けた労働力の移動が促進されるため、近隣諸国側国境の雇用状況をかえって改善させるとの見方も浮上している。
タイの経済特区開発がタイプラスワンにどのような影響をもたらすかは現時点では判断できない。しかし、経済特区開発とタイプラスワンを両立させるために、人の移動に関わる柔軟な議論の場を創設しておくことが肝要であろう。そして、これにも日本が積極的に関与していくことが望ましい。7,500億円という巨額の支援を、真の「質の高い成長」に結び付けていくためには、対話枠組みや制度の運用面までを視野に入れた協力が必要である。
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