アジア・マンスリー 2015年7月号
【トピックス】
アジアへの分業進展と技術移転に対する日本の対応
2015年07月02日 藤田哲雄
製造業のアジアへの分業が進展し、今後一段と技術移転が進むことが予想される。このような新興国の追い上げに対して、製造プロセスの高度化による付加価値向上・差別化がわが国の課題となる。
■アジアへの分業進展と技術移転
近年、わが国からアジアの国々に中間財を輸出し、当該国で組み立てなどの加工を行い、消費財として第三国へ輸出するという動きが強まっている。すなわち、製造業において、設計から製造、サービスまでの付加価値の過程が細分化され、それらが複数の国にまたがって分業されるグローバルバリューチェーン(GVC)の形成が進んでいる。このようなGVCの深化の度合いはある国の輸出や輸入の中に、それぞれ中間投入として使用される財やサービスの割合を合計したGVC参加度で比較することが可能である。世界主要国・地域のGVC参加度の推移をみると、アジアでの深化が急速であることが確認できる。アジアの中では、日本は他国に中間財・サービスや資本財の供給を行うことが多いのに対し、その他のアジア主要国・地域は他国から中間財・サービスや原材料などの供給を受けることが多い。また、業種別でみれば電気機器、化学、鉄鋼・金属製品で参加度が高い。
さらに近年のバリューチェーンの展開は、付加価値の小さい部分を外国に配置する動きから、最終消費地を見据えながら、研究開発の段階から最適な場所に配置する動きへと複雑化している。実際、わが国企業の海外現地法人の研究開発費の3割程度をアジアで占めるようになっており、アジアにおける日系企業の研究開発活動が活発化している。このように先進国企業が新興国で生産に加えて研究・開発も行う段階になると、現地での人材の入れ替わり等を通じて、現地企業に技術移転が進むことが経験的に知られており、日系企業のアジア展開でも同様の事態が予想される。加えて、中国などの新興国企業では、M&A等によって先進国の技術力が高い企業を買収し、技術を短期間で獲得する例がみられることから、アジアの企業がいつ技術力を向上させるかは予断を許さない。したがって、現時点では技術格差が存在したとしてもそれだけに着目して将来の日本企業の技術的地位を予測することは困難である。
■アジアのイノベーション力の向上
アジアの国の技術力を評価する上では、イノベーション力にも注意を払う必要がある。イノベーション力は、字義の通り革新的なものを生み出す力であり、ものづくりの技術力とイコールではない。現在の技術力よりも、むしろ未来に関する力を表していると考えられる。一般的にイノベーション力は関連する代表的指標により比較される。具体的には、R&D支出額ではGDP比率で韓国が日本を上回り、絶対額(PPP)でも中国が日本を上回る。科学技術関連論文の発表数でも近年中国の件数が急増する一方で、日本は主要国の中で唯一減少傾向にある。また、国際特許出願数(PCT:2013年)では日本は米国に次いで世界第2位であるものの、中国、韓国も同3位、同5位と高い順位を占めている。さらに、世界知的所有権機関(WIPO)が毎年発表している国際イノベーション力指標(GII:2014年)では、日本は世界で21位、アジアの中でもシンガポール、香港や韓国に次いで4位と順位は決して高くはない。
このように、イノベーション力を比較してみても、日本の状況は決して楽観できるものではない。欧米主要国に対してはもちろん、アジアの国や地域に対する優位性が消滅しているものもあれば、追い抜かれているものもある。
■先進国は製造業高度化で対応
このような新興国の技術力のキャッチアップにはどのように対処すれば良いだろうか。実は、かつて欧州でも東欧に対して同じ問題が生じていた。欧州の対抗策は、ブランド化(衣服・アクセサリー等)、カスタマイズ化(機械・エンジニアリング等)、デザイン(家具)などである。すなわち、同等の製品を製造するのではなく、製造部分の付加価値を引き上げて差別化を図る戦略がとられた。さらに、ドイツでは2011年11月に政府の高度技術戦略である「ハイテク戦略2020行動計画」のイニシアチブとして、情報通信技術の製造分野への統合を目指す戦略「Industrie4.0」が採択された。これは、Internet of Things (モノのインターネット:IoT)を製造プロセスに応用することで、生産プロセスの上流から下流まで垂直的にネットワーク化するとともに、デジタル情報でマーケットと生産を直接つなぐ変種変量生産によって、顧客の多様なニーズに迅速に対応し、製造業の付加価値を大幅に向上させようとするものである。
このような製造業のあり方を国家戦略として見直す動きはドイツだけでなく、すでに英国や米国でも行われている。これらの政策に共通するのは、製造業を高度化することによって、付加価値を高め、国内での製造過程の維持を図ることである。このような先進国の動きを踏まえて、わが国でも製造業の高度化に向けた議論が政府内で最近行われており、官民一体となった戦略的な取り組みが重要な課題となっている。