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地方創生における「発想」の転換
「インバウンド観光振興」と「地域住民の生活維持」との融合

2015年07月02日 小林味愛


1. はじめに
 「人口減少・超高齢社会」-----昨今頻繁に耳にする用語である。
 人口減少・超高齢社会は、特に地方において深刻であり、中山間地域では集落の維持・存続すら危ぶまれる状況にある。この危機的な状況を克服すべく、地方創生に関する議論が展開されているところであるが、本稿ではこの人口減少・超高齢社会という現状を踏まえて地方創生に関する取り組みを検討する際の「視点」について考察する。
 
2.地方創生の視点
 わが国は、他国に先駆けて「人口減少・超高齢社会」の危機に直面している。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2060年の総人口は約8,700万人まで減少し、高齢化率は将来的に41%程度まで上昇する。こうした傾向は地方部でより顕著であり、東京圏をはじめとした都市部への過度の人口移動も相まって、中山間地域では集落の維持・存続すら危ぶまれる状況にある。社会の変化は様々な要因が複雑に絡み合う中で生じるが、すべての変化の根底にある日本社会が避けて通れない事実は、この人口減少(特に生産年齢人口の減少)・超高齢社会と言ってよいだろう。今まさに、日本社会は構造的な大転換期を迎えている。この「人口減少・超高齢社会」という「ピンチ」を「チャンスに変える」べく、現在、官民の垣根を越えて「地方創生」に関する議論が展開されているところである。
 地方創生に当たっては、人口減少・高齢化が進展していく中、①いかに地域住民の生活を維持していくかという視点と、②いかに交流人口の拡大等による地域経済・地域自体の活性化を実現していくかという2つの視点を持つことが重要であるが、特に過疎地域ではこの2つの視点を「融合」した取り組みを実施していく必要性が高まってくると考えられる。人口が増加していた時代は、税収も増加し、地域産業の担い手も存在し、地域サービスの利用者も存在していた。したがって、行政サービスも産業も業種ごとに分けて専業化することにより、増加する多様なニーズに効率的に応じることができた。つまり、人口増加社会では、「分化」の論理が機能していたといえる。他方、人口が減少している現在、税収は減少し、地域のあらゆる産業の担い手不足が深刻となり、また、地域サービスの利用者も(高齢者サービスを除いて)必然的に減少する。このような中で地域の行政サービスを維持するとともに地域の産業を維持するためには、従来と同じく「分化」の論理で対応することは望ましくない。つまり、サービスの担い手もサービスを享受する対象も減少するにもかかわらず、従来と同じく業種ごとに細かく分けて縦割りの発想で対応していては非効率であり、十分なサービスの提供が困難にさえなる。したがって、人口減少社会においては、これまでの専業化されたサービスを融合していくという「融合」の論理が重要になってくる。その際、上述のとおり、①いかに地域住民の生活を維持していくかという視点と、②いかに交流人口の拡大等による地域経済・地域自体の活性化を実現していくかという現在分離される傾向にある2つの視点を「融合」することにより、成熟社会において「新たな豊かさ」を創造することができると考える。もちろん、全てのサービスを「融合」できるわけではないが、少なくとも既存の縦割り発想を超えて、「地域住民の生活維持」と「交流人口の拡大等による地域活性化」を「融合」することにより両者を効率的に両立させ、新たな価値を創造するという視点を念頭に置く必要があろう。

【図1 地方創生の視点のイメージ】

(日本総研作成)

 
 しかし、行政は依然として縦割り文化が色濃く残っている場合が多く、また、事業者や住民も業界の慣例や旧来のコミュニティ概念を超えた新たな取り組みを実施することをいとう傾向があり、「融合」を実行に移すことは想像以上に難しい。このような中、「融合」で成果を挙げている事例も存在しており、本稿では、あくまでも一例にすぎないが、地域住民の足となる乗合バスの維持という視点と地方創生の1つの処方箋として期待されているインバウンド観光振興の視点を融合した取り組みを取り上げる。

3.インバウンド観光の現状と生活インフラとしての公共交通
 地方創生において、観光も1つの重要な役割を担うことが期待されており、特に、インバウンド観光については、人口減少に伴う国内旅行者数の減少等を背景に、地方創生の1つの処方箋として注目されている。
 訪日外国人旅行者数は、アジア各国の経済成長やビザ要件の緩和等も背景に増加傾向にあり、2013年には1,000万人の大台を突破し、政府は2030年には3,000万人を達成させるとの目標を掲げている。最新の統計では、2015年1~4月の訪日外国人旅客数は590万人であり、前年同期比で43.6%増となっている。また、訪日外国人旅行消費額は、調査開始の2010年以降、翌年の東日本大震災による落ち込みを除き毎年増加傾向となっており、2014年には2兆円を突破し、2015年1~3月は7,066億円と前年同期比で64.4%増加した。
 このように、訪日外国人旅行者数・消費額ともに増加傾向にあるが、その訪問地は、東京から富士山を経て京都・大阪に至るいわゆる「ゴールデンルート」に依然として集中している。例えば、都道府県別の訪問率は、東京都(48.5%)、大阪府(34.1%)、京都府(27.9%)が上位を占めており、また、2014年に「トリップアドバイザー」に投稿された外国語の口コミ数の都道府県別割合は、東京都、京都府、大阪府の3都府で全体の口コミ数の約6割を占めている。

【図2 外国語の口コミ数の都道府県別割合(2014年)】

(トリップアドバイザー株式会社プレスリリース(※1)をもとに日本総研作成)


 そこで、今後さらなる増加が期待される訪日外国人旅行客をいかにして地域に呼び込み、地域内での消費を拡大していくか(上記②の交流人口の拡大の視点)が、地方創生において重要となる。まずは、訪日外国人旅行客を呼び込むための地域の魅力を磨き上げることが大前提ではあるが、(国籍・地域によっても異なるものの、)個人旅行の割合が大きい訪日外国人旅行客が地域を訪れた際に利用する移動手段の充実・利便性向上が、受け入れ体制整備の1つの課題となっている。
 他方、人口減少に伴い、地域では乗合バスはじめ地域の生活のために必要なインフラ等の維持も求められているところである。特に、乗合バスは地方部での利用者が減少しており、2013年度の地方(※2) の輸送人員は13億5800万人と、10年前の2003年度に比して約15%減少している。

【図3 乗合バスの輸送人員の推移(地方部)】

(国土交通省「乗合バス事業の収支状況」をもとに日本総研作成)


 人口減少社会において必然の状況ともいえるが、今後生活基盤として維持するためにいかにして利用者を確保するかが課題となっている(上記①の地域住民の生活維持の視点)。乗合バスには、一般の路線バス、定期観光バス、高速バス等があり、路線を定めて定期的に不特定多数の利用者を運送する機能を有する。人を「運送する」という「機能」は共通なものの、「住民が利用するための路線」、「観光客が利用するための路線」などとその「役割」は分けられていることが多い。しかし、人口減少のあおりを大きく受けている地域では、その「機能」に着目し、多様な「役割」を「融合」することで、事業を維持していくという取り組みが必要となるのではないか。つまり、「人を運送する」という「機能」を乗合バスが有しているのであれば、地域住民・観光客双方が利用しやすい乗合バス(路線)を「役割」を分けずに1つのバスで実現することも可能であろう。
 「インバウンド観光」というと、全てインバウンド専用に検討・構築し直さなければならないかのごとく劇的な変革を求められていると思われる傾向がある。しかし、「人口減少社会」という忘れてはならない根底にある事実を踏まえ、「インバウンド観光促進」に特化した取り組みのみに終始せず、地域にある活用可能な資源を「インバウンド観光促進」と「地域住民の生活維持」という両者の視点から捉え直すことも地方創生において1つの重要な視点となろう。

4.具体的な取り組み事例
 それでは、上記の視点から具体的にどのような取り組みが可能であろうか。現在取り組みが始まっている富山県の路線バスの事例を紹介する。
 富山県では、2015年3月の北陸新幹線開業の数年前から、以下の理由で「観光」の視点から二次交通を充実させることが検討されていた。
①個人旅行者の外国人観光客が増加しているにもかかわらず、多様な観光資源をつなぐ交通手段が乏しく、県内を周遊するための環境が整っていなかった。
②北陸新幹線の開業による沿線地域間の競争に勝ち残るため、戦略的に広域観光の拠点として富山県を機能させる必要があった。

 他方、「生活」の視点からは、過疎の村をめぐる交通路線を中心に乗客数が低い水準で推移し、補助金に頼っていたバス路線があった。そのため、この廃線間近のバス路線を、①世界遺産までの足としての観光交通と②生活交通維持という両者の視点を「融合」し、路線を組み換えて整備するという取り組みが始まった。運行主体は、加越能バス株式会社であり、JR高岡駅と五箇山や白川郷などを結ぶルートを毎日6便運行している。このバスは「世界遺産バス」と名付けられ、2013年10月から開始された実証運行などを経て、2014年10月から生活路線と統合された本格的な運行が開始された。
 また、インバウンド観光需要に対応すべく、本格運行と同時にバス車内に自動翻訳や地図機能などのアプリが入ったタブレット端末が配備されており、運転手もこのタブレット端末を片手に外国人観光客との意思疎通を図っているという。朝夕は主に地元の高校生が生活交通として通学に利用する一方、昼や休日は外国人旅行者が多く利用するようになり、全体の利用者数も徐々に増えてきているという。
 今後、地域利用者と国内外観光客利用者別の利用者数推移をはじめとした本取り組みの効果の検証も必要となると思われるが、人口減少が深刻化する中、「交流人口」を活かし、「地域の生活インフラを維持」するという視点は、他の地域においても参考になると考えられる。また、地元の学生などと一緒に外国人旅行者も利用するため国際交流が生まれやすく、日常生活の中でグローバル社会で活躍する(抵抗がなくなる)人材が育つきっかけになる可能性もあろう。

5.おわりに
 「分化」の論理で地域を形成してきた日本社会においては、例えば「路線バス=地域住民の足」といったように、事業と「役割」を硬直的に考えてしまう癖がついてしまっているのではないか。今一度、事業が有する「機能」に立ち返り、その価値をあらためて認識することにより、他の役割を同時に担うとともに地域への新たな価値の創造につなげる必要がある。
 人口減少社会では、業界・業種にかかわらず先を見据えた様々な変革が求められる。本稿では公共交通機関である乗合バスとインバウンド観光の事例を①地域住民の生活の維持と②交流人口の拡大による地域活性化の両者の視点の融合事例として取り上げたが、「融合」の論理が必要とされる①地域住民の生活の維持にかかる分野は、当然、乗合バス事業に限らない。生活の基盤であるスーパーや商店街、図書館、農業等様々な地域資源・施設の維持・発展にも通じる視点である。また、②の交流人口の拡大についても、地方創生の議論の中で注目されている「インバウンド観光」に焦点を当てたが、国内からの観光客や、二地域居住についても同様に「地域住民との生活維持」との融合を図ることが可能であろう。
 人手不足が深刻になる中、与えられた既存の「役割」を超えて、「機能」の観点から地域の資源・施設を捉えなおし、人口減少社会で地域住民の生活維持と交流人口の拡大による地域活性化を「融合」した取り組みが今後さらに必要となってくる。人口減少・超高齢社会という課題に直面し、構造的な転換期を迎えているわが国において、これまでの事業にとらわれない「発想」の転換期も同時に迎えているといえるのではないか。
以上

(※1)「2014年にトリップアドバイザーに寄せられた外国語の口コミからみる訪日外国人旅行者の実態を発表~日本の観光地・施設に投稿された外国語の口コミ、その6割が東京都・京都府・大阪府に集中 ~」2015年3月31日
(※2)千葉県、武相(東京三多摩地区、埼玉県および神奈川県)、京浜(東京特別区、三鷹市、武蔵野市、調布市、狛江市、横浜市および川崎市)、東海(愛知県、三重県および岐阜県)、京阪神(大阪府、京都府(京都市を含む大阪府に隣接する地域)および兵庫県(神戸市および明石市を含む大阪府に隣接する地域))ブロックを除いた地域。(国土交通省「平成25年度乗合バス事業の収支状況について」)

※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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