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Business & Economic Review 2005年01月号

【OPINION】
基礎年金と生活保護の一体的な論議を

2004年12月25日 調査部 経済・社会政策研究センター 主任研究員 西沢和彦


  1. バラバラに行われる年金と生活保護の議論
    社会保障制度の一体的改革を巡り、2004年7月に、官房長官の私的諮問機関である「社会保障の在り方に関する懇談会」が設置されたのをはじめ、経済財政諮問会議においても議論が行われている。このような動きは歓迎されるものの、それぞれの議論のなかで重要な論点が欠けている感が否めない。社会保障給付費の抑制、および年金、医療、介護の各制度間の整合性などに焦点があてられる一方で、所得保障政策として本来一体的に検討されるべき年金と生活保護との関連に関しては、極めて手薄である。これは、いまに始まったことではない。厚生労働大臣の諮問機関である社会保障審議会の2004年9月の会合において、貝塚啓明会長は、わが国における議論の不足について、次のように述べている。「生活保護の制度というのは今までほとんど議論されたことがないのですね。(厚生労働省)援護局の所管なのですよね。社会保障の制度は外側に寝ていた感じがあった」。
    このように、生活保護と他の社会保障制度が別個に取り扱われてきた原因の一つは、そもそも厚生労働省が、年金と生活保護を切り離して考えてきたことにあろう。例えば、同省の資料では、次のように述べられている。「公的年金制度(現役時代の収入に見合った保険料の納付実績に応じた年金を、受給時の個々の生活状況にかかわりなく一律に支給)と生活保護制度(資産等を活用してもなお最低限度の生活を営めないときに、その不足する部分に限ってのみ税を財源として支給)は、その趣旨・目的が異なり、その水準を単純に比較することはできない」。この主張は、2004年11月8日に開催された第4回の「社会保障の在り方に関する懇談会」でも繰り返されている。
    しかしながら、年金のなかでも高齢期の基礎的な消費支出を賄うことを目的とする基礎年金は、その目的が生活保護と近接しており、社会保障制度の一体的改革について議論を行うに当たって、両者を中心に年金と生活保護の関連について議論を掘り下げていくことが不可欠である。本稿では、そのように考える理由、および、議論の際のポイントについて述べる。まず前段として、基礎年金と生活保護の概要について整理しておく。なお、社会保障制度の一体的改革というときには、当然のことながらその対象として出産、育児、教育、障害、雇用なども含まれる。

  2. わが国の基礎年金と生活保護 基礎年金と生活保護の概要について、本稿の議論に必要な範囲に絞り、制度の目的と規模、給付内容および給付に必要な要件を整理し、両者を比較検討する。

    (1)基礎年金の概要
    わが国の公的年金制度は、職業別に民間雇用者が加入する厚生年金、国家公務員が加入する国家公務員共済などの三つの共済年金、および短時間雇用者、自営業者、学生、失業者、主婦などが加入する国民年金の計五つの制度に分立している。基礎年金は、どの制度に加入していても、全国民共通に給付される年金である。2002年度の公的年金の総給付費約43兆円のうち、約15兆円が基礎年金である。財源は、従来3分の2が保険料、残り3分の1が国庫負担であったが、2004年6月に成立した年金改革法によって、2009年度までの間に国庫負担割合が2分の1まで引き上げられることとなった。
    基礎年金は、所得喪失あるいは減少の事由により老齢、遺族、障害の3種類に分けられる。以下では、これらのなかで中心となる老齢基礎年金について述べる。給付は保険料拠出の対価として行われるが、厚生労働省はこの方法を「社会保険方式」と呼んでいる。2004年度の老齢基礎年金の給付額は、満額で月額66,208円である。ちなみに、国民年金加入者が受け取るのは、基礎年金のみである。一方、厚生年金加入者と共済年金加入者は、基礎年金に加えて、それぞれ厚生年金(報酬比例部分)と共済年金(報酬比例部分)を受け取る。ここで「厚生年金(報酬比例部分)」と表記する理由は、一般に、基礎年金と厚生年金(報酬比例部分)を総称して厚生年金と呼ばれるためである。
    老齢基礎年金の給付を受けるためには、最低25 年の加入期間が必要であり、加入期間が25年に1カ月でも満たない場合、全く給付を受けることができない。満額給付を受けるためには、480カ月、すなわち40年間の加入が必要である。保険料は、国民年金加入者の場合、所得にかかわらず月額13,300円の定額制であり、厚生年金加入者と共済年金加入者の場合、給与と賞与に対する定率制である。厚生年金の保険料率は、基礎年金と厚生年金(報酬比例部分)にかかる費用を合わせて、13.934%(労使折半)となっている。国民年金の加入者には、所得が少ないなど保険料の支払いが著しく困難な場合、保険料が免除される制度もある。免除期間は加入期間に算入されるものの、その間の受給額は、本来受けられる額の2分の1に減額される。給付額の算出式は、66,208円×(保険料納付月数+保険料免除月数×0.5)÷480カ月であるから、例えば、保険料免除月数が12カ月あれば、受給月額は66,208円×(468+12×0.5)÷480=65,380円となる。
    基礎年金の満額給付水準にのみ着目されることが多いが、満額給付を受けられる可能性についても十分な注意を払うことが肝要である。国民に示された満額給付水準も、そこに到達するためのハードル、すなわち、必要となる加入期間、保険料水準の設定などが高ければ、絵に描いた餅になりかねないためである。実際、2002年度の老齢基礎年金給付額の実績は、平均約52,000円に過ぎない。本稿では、満額給付の受けやすさを、満額給付の「アベイラビリティー」と呼び、以下でもこの考え方を踏まえて議論を進めていく。

    (2)生活保護制度の概要
    一方、生活保護の概要は、次の通りである。ここでは、老齢基礎年金と対比するため、高齢者に関連する部分に絞り、要点を整理する。生活保護の目的は、「生活に現に困窮している国民に、その困窮の程度に応じ必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立の助長を図ること」と定められている。給付費は、2001年度実績で約2兆円であり、国が4分の3、地方が残りの4分の1を負担している。生活保護を受けている高齢者世帯は、保護を受けている90万1,590世帯のうち46.5%にあたる41万9,550世帯2003年3月)であり、わが国の全高齢者世帯の6%近くを占めている。
    目的に記された最低限度の生活にかかる費用は、生活扶助に加え、必要に応じて給付される教育、住宅、医療、介護、出産、生業、葬祭の八つの扶助から構成される。生活扶助とは、衣食などの日常生活に必要な基本的かつ経常的な経費に関する費用である。
    給付額は、保護を受ける人の居住地域、年齢、世帯形態によって異なる。60~69歳の単身老齢世帯を例にとれば、生活扶助は月額79,690円であり、家賃あるいは地代を支払っている場合には、これに月額53,700円を限度として住宅扶助が上乗せされ、133,390円が支給されることとなる。
    給付に際しては、預貯金、保険、不動産等の資産調査を受けなければならない。このほか、扶養義務者による扶養の可否、社会保障給付、就労可能性の調査が行われる。土地と家屋は、利用価値と処分価値を比較して、利用価値の方が大きい場合は保有が認められる。預貯金は、原則として収入に認定されるが、家計上の繰越金程度、具体的には最低生活費の5割程度は保有を認められている。このように、利用し得る資産、能力その他あらゆるものを活用し、なおかつ最低限度の生活費に不足する場合はその部分のみを補填するのが生活保護の役割とされており、これは生活保護の「補足性の原理」といわれている。

    (3)基礎年金と生活保護の差
    基礎年金と生活保護についてそれぞれの目的、給付水準、給付要件を改めて比較すると、次のような差異がある。
    a. 目的の差異。生活保護の給付水準は、最低限度の生活に必要な費用から算出されており、明確である。一方、基礎年金の満額給付水準は必ずしも明確ではない。その理由は、基礎年金導入時の水準決定根拠にあると考えられる。基礎年金が導入されたのは、わが国の公的年金制度の歴史のなかでは比較的最近であり、1985年の年金改革による。当時の満額給付額であった月額50,000円が、その後の賃金の伸びにほぼ比例して増加し、今日の満額給付額となっている。50,000円の根拠として、85年当時、次の二つが厚生省より示された。一つは、「全国消費実態調査」における高齢者の基礎的支出額47,601円である。50,000円はこれを上回る数値である。ちなみに、基礎的支出とは、食料費、住居費、光熱費、被服費を指す。教養娯楽費、交通通信費、保健医療費、交際費は含まれない。もう一つは、生活扶助基準額である。50,000円は、高齢者の生活扶助額である53,369円に近い水準であったとされる。このような二つの根拠に対しては、基礎年金の額は、基礎的支出に保健医療費や交通通信費も含めた額とすべきではないか、あるいは、比較対象となる生活保護の額には生活扶助だけではなく住宅扶助も含めるべきではないかなどの意見があった。
    わが国の基礎年金は、「基礎」という名前こそ付けられているものの、駒村[2003]が指摘するように、五つに分立している年金制度のどの制度に加入していても「共通」に給付されるといった程度の意味しかないのが実際といえよう。
    b.給付水準の差異。a.で述べた経緯を背景として、基礎年金の満額給付水準よりも生活保護の給付水準が高くなっている。しかも、2004年の年金改革の結果、両者の差は今後開く可能性がある。2004年の年金改革では、基礎年金の給付水準は、2023年度までかけて段階的に現在よりも約15 %カットされるためである。
    c.給付要件の差異。基礎年金は、加入期間と保険料納付の条件を満たせば、資産や所得に関係なく給付される。一方、生活保護には資産調査がある。もっとも、基礎年金に関しても、「アベイラビリティー」は、決して高いとはいえない。満額給付を得るには、40年間定額保険料を支払い続ける必要があり、これは、とくに低所得者、あるいは就業の中断を余儀なくされた人にとっては容易ではないためである。実際、社会保険庁の調査によれば、国民年金保険料の未納者のうち、6割強の人が未納の理由として経済的理由を挙げている。

  3. 本来極めて重要な論点
    基礎年金と生活保護との関連は、社会保障制度の一体的改革のなかでも、本来極めて重要な論点である。このことは、(1)戦後、欧米における社会保障制度設計の礎となった42年公表の社会保障制度改革案『ベヴァリジ報告』における発想、(2)『ベヴァリジ報告』に基づき、基礎年金が誕生した国であるイギリスのブレア労働党政権による近年の年金改革、(3)近年のわが国における年金を取り巻く環境の変化、をみることにより確認できる。

    (1)『ベヴァリジ報告』の発想
    戦後、欧米における社会保障制度設計の礎となったのが、42年にイギリスで公表された『社会保険および関連サービス』、いわゆる『ベヴァリジ報告』である。同報告においては、生活保護と年金との関連が核心的課題の一つであった。
    イギリスには、『ベヴァリジ報告』に基づいて46 年以降国民保険(National Insurance)が導入される以前から、生活に困窮した人に対する国民扶助(生活保護)の制度があった。ところが、国民扶助を受けるためには、現在でも多くの国でそうであるように、資産調査を受けなければならなかった。資産調査にはスティグマ(汚名)がつきまとい、それを嫌うために、本来であれば国民扶助を受けるに足るほど困窮していながら、国民扶助を受けない人が多数発生するなど、制度が十分に機能せず、貧困が解消されないという事態に陥っていた。
    このような事態を解消するために、『ベヴァリジ報告』では、資産調査を受けなくても、老齢など一定の給付要件を満たせば、正々堂々と給付を受けることのできる国民保険の仕組みが提案された。正々堂々と給付を受ける根拠として、所得にかかわらず定額の保険料を負担することが国民に求められた。一方、給付額は、生活に最低限必要な額でなければならないとされた。それ以下の額では、不足分を国民扶助によって補填する必要が生じ、資産調査を受けないという所期の目的が達成されないためである。
    本稿の主題と関連し、『ベヴァリジ報告』において注目されるのは、a.国民保険と生活保護の相対的な関係が重視されているということ、b.国民が、保険料を支払って得られる国民保険の給付額は、生活保護のそれを上回るものでなければならないとされたことの2点である。この2点は、先述したわが国において基礎年金の給付水準が生活保護の水準を下回っていること、およびそれを当然であるとする厚生労働省の考え方と際立った対照をなしている。

    (2)ブレア労働党政権の改革
    97年に政権についたブレア労働党政権は、近年、大規模な年金改革を行っている。そこでも、年金と生活保護の一体的改革が行われている。以下では、イギリスにおける改革前の年金制度の概略、同政権によって指摘された改革前の制度の問題点、および改革内容の順に述べていく。
    国民保険は、全国民を対象とする。国民保険には、1 階部分である国家基礎年金(State Basic Pension )と、2階部分である国家所得比例年金(State Earnings Related Pension System:SERPS)があった。財源は、国民保険料であり、国民は、所得に応じた定率の保険料を原則支払う。給付は、国家基礎年金については定額、国家所得比例年金については、所得に比例した保険料の拠出実績に基づく体系となっていた。
    イギリスの年金制度の特徴を「アベイラビリティー」の観点からみると、‘Home Responsibilities Protection(HRP)’とcontribution credit’の二つが重要である。満額の国家基礎年金を受給するには、原則として、男性で44年、女性で39年の加入期間が必要である。HRPは、満額受給に必要な加入期間を短縮する措置であり、育児期間および介護期間がその対象となる。例えば、女性が10 年間、育児のために就業を中断していれば、その年数を39年間から控除し、残り29年間の就業で満額の年金が受給できる。ただし、控除できる期間は19年までである。一方、contribution creditは、疾病・障害による就労不能、失業などの期間を、加入期間として算入する制度である。これらはいずれも、国家基礎年金の「アベイラビリティー」を高める措置である。
    また、イギリスには、適用除外(Contract out)の制度がある。適用除外は、政府の定める一定要件を満たす企業年金および個人年金への加入者が、国家所得比例年金の適用から除外されるという制度である。適用除外を受けた人の国民保険料は、国家所得比例年金の適用を受けている人よりも安くなる。直近では、おおむね7割の人が適用除外を受けている。
    ブレア労働党政権は、98年に同政権の年金改革案である‘A New Contract for Welfare :Partnership in Pensions’を公表した。そのなかで、生活保護を含め、従来の年金制度の問題点を指摘し、改革案を提示した。なお、イギリスでは、適用除外制度の存在により、年金改革において、適用除外の受け皿である企業年金および個人年金の内容および管理・運営の改善にも重点が置かれているものの、以下では、本稿の主題に則り、国家基礎年金、国家所得比例年金、および生活保護に焦点を絞る。
    ‘A New Contract for Welfare’のなかで、イギリスの年金制度の問題点とされたのは、主に次の2点である。1点目は、低所得者などの場合、国家基礎年金と国家所得比例年金の受給額の合計が、生活保護の水準を下回ることである。平均賃金対比約16%という国家基礎年金の満額給付水準の低さに加え、国家所得比例年金が、所得に比例した保険料の拠出実績に基づいて給付される仕組みであるために、低所得者、および育児、介護、疾病、障害などの理由で就業を中断せざるを得ない人の年金額が少なくなり、国家基礎年金と国家所得比例年金の合計額は生活保護の水準を下回っていた。1942年の『ベヴァリジ報告』では、国民保険の給付水準は生活に必要な最低限を満たさなければならないとされたものの、実際には制度がスタートした時点ですでにその水準を下回っており、さらにサッチャー保守党政権により国家基礎年金および国家所得比例年金とも給付水準が一層引き下げられていた。
    2点目は、生活保護に関するものであり、そのうちの一つが、「貯蓄の罠(savings trap)」の存在である。従来、生活保護の制度では、貯蓄がペナルティーになっていた。すなわち、現役時代に国民保険料を支払ったり、貯蓄を行ったりしても、わが国の生活保護制度と同様に「補足性の原理」が存在するために、現役時代の努力が無駄になるという事態が発生していた。このことは、自ら老後に備えて貯蓄しようというインセンティブを阻害する。もう一つが、『ベヴァリジ報告』当時からの課題であるが、本来生活保護を受けるに足るほど困窮していながら、スティグマを感じ、申請を行わない人が多数いたことである。
    このような問題点に対して、ブレア労働党政権が提案した改革のポイントは、次の3点である。
    第1は、国家所得比例年金を国家第二年金(Second State Pension)に組み替えることにより、低所得者に対する1階部分と2階部分を合計した給付水準を重点的に引き上げることである。新しい2階部分の名称から「所得比例」が外されていることからもうかがえる通り、国家基礎年金と同様、定額給付を行うのがその特徴である。この結果、低所得者の給付水準が高くなり、低所得者でも、保険料を一定期間支払えば、国家基礎年金と国家第二年金を合わせて、生活保護を上回る年金が受給できるようになった。
    第2は、生活保護を上回る水準に設定された年金の「アベイラビリティー」の改善である。改革前には、年間所得が政府の定めた基準額(Low Earnings Threshold :LET 、以下、LET )である11,600に満たない人は、所得額に国民保険料率を乗じた金額を保険料として支払い、支払った保険料に応じた国家所得比例年金しか受給することができなかった。改革後は、LETに満たない年間所得の人も、LETだけ所得があったものとして国家所得比例年金の受給額が計算され、しかも、実際に支払う保険料は、年間所得から政府の定めた一定額を控 除した後の金額に保険料率を乗じて算出された額で済むようになった。
    また、6歳未満の子どもを扶養し、児童給付(child benefit)を受けている人、罹病者・障害者の介護を行い、HRPを受けている人などは、全く就業していないか、あるいはLETに満たない所得でも、LETの所得を得て保険料を支払っているものとみなして、国家第二年金が受給できるようになった。
    第3は、生活保護を‘ステート・ペンション・クレジット(state pension credit )’に組み替えることにより、貯蓄の罠を解消し、生活保護制度を現代化することである。
    所得扶助(income assistance)という名称であった生活保護を衣替えして作られたステート・ペンション・クレジットでは、それまであった金融資産の保有上限枠が撤廃された。さらに、貯蓄や国民保険料の支払いなどの就労時の努力に対しては、ボーナスを与えることとした。例えば、国家基礎年金の給付額が週77 、保有している預貯金の利息収入が週20 、合計週97 の所得の人の場合、改革前であれば、所得扶助の基準額である100 に満たない3 だけが、政府から給付された。金融資産を保有していたため、政府からの給付が20分減らされたことになる。改革後には、金融資産の果実のうち6割は給付対象となり、政府からは3に加え、12(=20×60%)の計15が給付されることとなった。この人の受給額は、計112となる。名称に、‘pension’を採り入れ、行政上の窓口も年金と一本化するなど、現代的な制度とした。
    ブレア労働党政権の年金改革においても、『ベヴァリジ報告』同様、年金の給付水準は生活保護を基準として決定されている。また、年金の満額給付水準の「アベイラビリティー」の改善も目指されている。さらに、生活保護制度の改革が、年金制度にも好影響をもたらし得ることを示している。すなわち、生活保護における貯蓄の罠の解消が目指されることにより、国民の保険料支払いに対するインセンティブが阻害されないという効果が期待される。これらは、いずれもわが国における現在の議論とは対照的である。

    (3)わが国の状況の変化
    さらに、次のような近年のわが国の状況変化が、基礎年金と生活保護の関連の問題をより重要なものとしている。
    一つは、国民年金加入者の属性の変化である。国民年金加入者の属性は、86年の基礎年金制度の導入当時に比べ大きく変化している。基礎年金導入当時、国民年金の主な加入者は農業従事者を含む自営業者であった。加入者の主体が自営業者であった頃は、基礎年金の満額給付水準に明確な根拠がなくても大きな問題はなかったかもしれない。自営業者は、雇用者と異なり、定年もなく、生産手段も自ら保有していると思われるため、高齢期も基礎年金に加えて事業所得で生計を立てることが可能なためである。しかしながら、現在では、国民年金の加入者のうち最も割合が高いのは雇用者である。国民年金に加入している雇用者は、厚生年金に加入している雇用者とは異なり、報酬比例部分はなく、受給できるのは基礎年金のみである。したがって、基礎年金が高齢期の支出のどの範囲までをカバーするのかが極めて重要になる。
    二つ目は、国民年金の空洞化の進行である。2003年度の国民年金保険料の未納率は36.6%に達している。政府は、強制徴収を中心に、収納対策を強化しているが、これだけでは全く不十分である。基礎年金の満額月額66,208円が、40年間保険料を支払い続けようという気持ちを起こさせる水準か否か、およびその「アベイラビリティー」について再度検証する必要がある。生活保護との関連でみれば、「補足性の原理」があるため、国民の保険料支払いに対するインセンティブがそがれている可能性もあり、基礎年金と生活保護の関連を見直す必要がある。
    さらに、現在の空洞化は、将来の無年金者および低年金者、すなわち生活保護の対象者を増やすこととなる。この観点からも、年金と生活保護の一体的議論は極めて重要である。

  4. 所得保障政策として一体的に議論せよ
    このようにみれば、年金、とくに基礎年金と生活保護は一体的に議論されなければならないことが明らかである。議論を行う際のポイントは、次の通りである。

    (1)それぞれの制度の在り方
    基礎年金、生活保護それぞれの制度設計も十分ではない。まずは、個々の制度設計の改善を図る必要がある。基礎年金についていえば、給付水準同様、その「アベイラビリティー」の視点からの議論が極めて重要である。
    給付水準については、85年の年金制度改正に先駆けて開催された年金制度基本構想懇談会の中間報告でも指摘されているように、少なくとも基礎年金の意義を明確にし、国民に提示する必要がある。
    「アベイラビリティー」については、次のような状況を早急に改善する必要がある。一つは、失業、出産、育児、介護などが公的年金制度上ペナルティーとなっていることである。国民年金には、前述の通り、保険料免除の制度があるものの、いったん免除を受けると年金を受給する際に、該当期間分だけ受給額が減額されるという、いわば失業、出産、育児、介護などによる就業の中断がペナルティーとなる仕組みとなっている。もう一つは、国民年金の保険料が、依然として定額負担となっていることである。定額保険料はとりわけ低所得者に重い負担となっている。しかも、2004年6月の年金制度法改正により、保険料は2017年度まで毎年度引き上げられることが決められており、負担は一層重くなる。

    (2)基礎年金と生活保護の相対的な関係の見直し
    基礎年金と生活保護の給付水準の相対的な関係の見直しが必要である。先述した『ベヴァリジ報告』の発想は、最低限の生活に必要な給付を資産調査なしに受けられるからこそ、国民は前向きに保険料を支払うということにある。ブレア労働党政権も、1階部分と2階部分を合わせた年金の給付水準を生活保護を上回る水準に設定した。一方、わが国の場合、40年間保険料を支払っても、年金給付額が生活保護の水準を下回る。しかも、貯蓄の罠が存在し、現役時代の貯蓄や保険料の支払いが無駄になる。これでは、保険料を支払うインセンティブも起きにくいといわざるを得ない。すでに指摘した通り、このことは、今日の国民年金の空洞化と無関係であるとはいえないであろう。
    厚生労働省は、現行のわが国の年金制度を「社会保険方式」と呼んでいるが、本当の意味での社会保険方式を標榜するのであれば、基礎年金の給付水準が魅力的で、かつ、生活保護における貯蓄の罠が全面的ではなくともある程度解消される必要があろう。

    (3)年金と生活保護の中間的な所得保障制度や保証年金の検討
    さらに、現行の基礎年金と生活保護の枠組みを前提として、生活保護の給付水準を引き下げて基礎年金に合わせる、逆に、基礎年金を引き上げて生活保護に合わせるなどといった給付水準についての議論があるほか、現行の基礎年金と生活保護の枠組みを統合するといった制度の枠組みに関する議論がある。例えば、本稿で述べた通り、イギリスにはステート・ペンション・クレジットがあり、アメリカにも、生活保護と年金の中間に位置するような所得保障制度が存在する。具体的には、補足的保障所得制度(Supplementary Security Income )といい、老齢遺族障害年金(Old Age Survivor and Disability Insurance )と呼ばれる公的年金制度と同一の社会保障プログラムのなかで運営されている。また、スウェーデンは、1999年の年金改革によって、従来の基礎年金を給付要件が極めて緩やかな保証年金(guarantee pension)に改め、高齢者向け生活保護の大半を代替する制度設計とした。もっとも、わが国においてこれらの枠組みの議論を行うためには、「年金と生活保護の水準を単純には比較できない」という発想からまず脱却しなければならない。
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