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Business & Economic Review 2005年01月号

【STUDIES】
わが国の医療制度改革に向けて-ドイツとフランスの経験からの示唆-

2004年12月25日 飛田英子


要約
  1. わが国政府は、増大する医療費を抑制するため1997年度以降様々な取り組みを行ってきたが、今のところ具体的成果は表れていない。一方、日本と類似する公的医療制度を持つドイツとフランスでは、1990年代半ば以降医療費の抑制に一定の成果がみられている。そこで、本稿では、両国における様々な取り組みを整理したうえで、両国の経験が日本の医療制度改革に与えるインプリケーションを考察する。

  2. ドイツとフランスにおける取り組みをみると、70年代末から患者自己負担の引き上げによって患者の受診行動をコントロールする政策、すなわち需要サイドでの取り組みが進められてきた。さらに90年代以降は、a.予算制の導入、b.医療情報の透明化、c.保険者機能の強化、を実施することにより、医療供給体制の効率化と質の確保の同時達成を目指す供給サイドでの取り組みが展開されている。

    a.予算制の導入
    ドイツでは93年から、フランスでは96年から、医療サービスの価格である診療報酬の改定率に上限を定める予算制が導入されている。予算のコントロールは、診療報酬の決定プロセスやコスト構造が開業医や病院、薬剤支給等で異なることを考慮して分野別に行われている。

    b.医療情報の透明化
    ドイツとフランスでは、医療機関の診療活動に関する情報を透明化する手段としてDRG(診断群別分類)が活用されている。DRGとは、あらゆる疾病を患者の重症度や合併症の有無等によって細分化したうえで、医師や医療材料、薬剤等、治療に必要な医療資源の投入量の組み合わせが類似するものを一つの診断群としてグルーピングしたものである。各診断群には医療資源の投入量から計算されるコストが指数として表示されている。
    フランスでは96年から、ドイツでは2003年から病院分野の予算を配分する際にDRGを活用するDRGシステムが導入されている。DRGが予算制のもとでどのように機能しているかをみると、すべての病院は診療行為をDRGに基づいて報告することが義務付けられる一方、予算を各病院に配分する当局は、診断群の指数を各病院について足し上げたポイントに応じて予算を配分している。予算配分の尺度として、従来は各病院の一人当たり平均コストが採用されていたが、非効率であるために高コストとなる病院が優遇されるという問題があった。これに対してDRGシステムでは、例えば診療内容が同じ病院に対しては実際にかかったコストに関係なく同額の予算が配分されるため、効率的な病院では実際のコストを上回る予算が配分される一方、非効率な病院では経営内容の見直しや事業規模の縮小が検討されることに加えて、常態的に赤字の病院はその存続が厳しく問われることになる。この結果、DRG の導入によって、診療内容を反映した、より精緻な予算のコントロールが実現するとともに、医療機関に効率化へのインセンティブが働く効果が発現している。さらに、医療技術の進歩によって従来に比べて低コストで治療を行うことが可能になった場合、これをDRG 上で評価することによって新技術の導入に向けた病院の取り組みが奨励されるという効果も見逃せない。
    このようにみると、DRGはより精緻な予算のコントロールを可能にするばかりでなく、医療機関の効率化と質の向上に寄与する有力な手段であるといえよう。

    c.保険者機能の強化
    ドイツとフランスでは、自律的な組織運営や診療報酬交渉への関与等、保険者に対して幅広い権限が与えられてきた。さらに90 年代以降、医療機関によって提供されるサービスの内容や質に対する監視機能の強化が進められている。具体的には、まず加入者が自由に保険者を選択できるドイツでは、非効率な保険者は保険料率が相対的に高くなるため医療市場から淘汰されがちである。このため、保険者は経営の合理化を進めることに加えて、無駄な医療の有無を審査する機関を設立する等、自ら医療機関の監視強化に取り組んでいる。一方、保険者間で競争が行われていないフランスでは、政府主導型で医療の質が管理されている。すなわち、政府は医療機関に対して質の基準を策定する一方で、保険者に対して監視権限を拡大することにより、医療機関によって提供されるサービスの質を確保する政策が採られている。
    このような保険者による監視は、予算制の導入によって懸念される質の低下を回避できるばかりでなく、無駄な診療や処方を排除することによって医療費の抑制にも寄与する。さらに、医療情報の透明化が進むなかで保険者による監視が一段と実効性を持つ結果、質の確保と医療費の抑制がさらに進むという好循環が発現しているといえよう。

  3. このようにドイツとフランスでは、需要、供給の両サイドで医療費の抑制に向けた取り組みが行われている。とりわけ、供給サイドでは予算制の導入と医療情報の透明化、保険者による監督機能の強化の3 点が相乗的に働くことにより、医療費の中長期的な抑制と質の確保の同時達成が図られている。
    一方、日本における取り組みを需要サイドと供給サイドから整理すると需要サイドでは、97年以降大幅な患者自己負担の引き上げが行われているものの、供給サイドでは、十分な取り組みが行われていない。

    a.予算制の導入
    老人医療費への適用が検討されたものの、実際の導入は先送りされている。

    b.医療情報の透明化
    DRGについては、日本独自の分類基準であるDPC (診断群別包括評価)が導入されている。もっとも、すべての病院がその適用を義務付けられているわけではない。そもそも日本では、DPCの導入は医療機関の経済的パフォーマンスを評価・比較するためではなく、急性期入院療養の診療報酬を従来の出来高払い方式から包括払い方式に変更するために行われている。

    c.保険者によるサービス監督機能の強化
    健保組合によるレセプトの直接審査・支払いが認められているものの、実際にはほとんど実施されていない。

    ドイツとフランスの経験を踏まえると、日本が持続可能な医療制度改革を進めるためには、政府の果敢なリーダーシップのもとで、供給サイドの抜本改革に向けて情報の透明化や保険者機能の強化を一体的に進める視点が必要といえよう。
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