コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

日本総研ニュースレター 2012年10月号

環境・社会・ガバナンス(ESG)の考慮度合いが、運用機関の競争条件に

2012年10月01日 小崎亜依子


存在感を増すESGを考慮した投資
 2006年、国連環境計画・金融イニシアティブと国連グローバル・コンパクトは、共同イニシアティブとして「責任投資原則」(Principles of Responsible Investment、以下PRI)を公表し、年金基金や運用機関に環境・社会・ガバナンス(Environmental, Social and Governance、以下ESG)問題を投資の意思決定プロセスに組み込むことを呼びかけた。PRIは海外の年金基金や運用機関に広く受け入れられ、当初100未満だった署名機関数は、2012年には1000を超えている。さらに、ここ数年は、上場企業に投資する運用機関だけでなく、プライベートエクイティファンドも署名するなど、ESGを考慮した投資は幅広い資産クラスで浸透してきた。
 法的拘束力がなく、任意のガイドラインに過ぎないPRIが急拡大を続けているのは、年金基金の多くがESGを考慮した投資を実践し始めたことが大きい。例えば、フランスの年金積立基金FRRは、欧州域内の資産運用委託では、投資対象候補企業の環境・社会面の調査を義務付けるなどとした(1)。現在では、世界の主要年金基金の資産残高上位20基金のうち12をPRI署名機関が占めている。

日本の運用機関の取り組みは限定的
 2012年10月時点で、日本の署名機関数は24(うち13は運用機関)に上り、大手の運用機関はほとんどが署名を済ませた状態だ。一方で、実際の取り組みはあまり進んでおらず、PRIに署名した年金基金は3基金(いずれも企業年金)に過ぎない。年金基金などの資金の出し手がPRIに署名し、彼らの要請を受けて運用機関が署名したという海外での動きに比べ、国内の資金の出し手からの要請は限定的なため、運用機関の腰が重いのが現実といえる。
 しかし、足元ではその状況に変化が現れ始めている。例えば、地方公務員共済組合連合会は、2009年11月頃から、積立金のうち100億円をESG投資に配分し始めた(2)。また、全国市町村職員共済組合連合会は、2012年1月、ESGインデックスをベンチマークとする国内株式パッシブファンドに投資することを発表した。さらに、公的年金の本来の資金の出し手である加入者に対するアンケート調査(3)では、公的年金積立金の運用で、環境や社会問題などに後ろ向きの企業に投資しない考え方について、賛成(33.9%)が反対(32.2%)を若干上回るなど、ESG投資に前向きになってきた。海外と同様、今後はこうした傾向が徐々に強まることが予想され、日本の運用機関もESGへの配慮を迫られそうだ。

ESG投資の質の競争が始まる
 従来のアクティブ運用に比べると、ESG投資の善し悪しを判断するのはより複雑だ。従来のアクティブ運用の判断軸は「運用パフォーマンス」が基本だが、ESG投資では、それに「ESG投資の質」という判断軸が加わるからだ。「質」が重要になるのは、運用機関にとっても資金の出し手にとっても、ESG投資は自らの社会的責任でもあるからだ。
 また、ESG投資はその特性上、NGOなどからの批判の対象になりやすい。例えば、環境に配慮しているとしながら実際は異なった行動を取る企業は“Greenwashing”、労働者に配慮しているとしながら、実際は搾取している企業は“Workerswashing”として、NGOから批判を受ける。多くの場合、何も主張しなかった場合よりも批判の対象となりやすい。同様に、運用機関もESGを考慮しているとしながら、実際はほとんど考慮していないと、“ESGwashing”などと批判される恐れは十分にある。こうした批判を回避するためにも「質」への配慮が欠かせないのだ。
 ESG投資の質は、投資先のESGの進捗度合いを投資意思決定においてどの程度考慮したのか、運用資産のうちESGを考慮した投資はどの程度なのかなどから、おおよそ客観的に判断できる。PRIは署名機関に対して、投資意思決定におけるESGの考慮についての詳細な情報を2013年頃から一般公開することを要請している。さらに、年金コンサルティング会社のマーサーは、ESG運用を格付けし、年金基金などに情報提供を行っている。第三者による評価がしやすい環境は整いつつあり、今後はESG投資の質による淘汰も進むはずだ。
 2006年から急拡大したESG投資市場だが、PRI署名機関の総資産残高は今や30兆ドルを超える(4)。運用機関にとって、今後も成長が見込まれるESG投資は取りこぼせない。今後、ESGを運用に反映させる能力を強化し、かつパフォーマンス向上を図ることが、運用機関の成長を左右することになるはずだ。

(1)年金シニアプラン「海外年金基金のESGファクターへの取り組みに関する調査研究」
(2)日本労働組合総連合会「ワーカーズキャピタルに関する連合の考え方 および『ワーカーズキャピタル責任投資ガイドライン』」
(3)年金シニアプラン「一般国民に対するESG投資に関するアンケート結果について」
(4)PRI「Annual Report 2011」


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ