日本総研ニュースレター 2011年11月号
中国農村部市場進出の戦略としての「ビジネスを通じた社会的課題の解決」
2011年11月01日 菅野文美
今後有望な市場は中国農村部
企業の成長戦略において中国市場への期待は大きいが、既に競争が熾烈な都市部に代わって今後の伸長を見込むのは、総人口の半分を占める農村部である。
また、中国政府は経済政策を輸出依存から内需主導に切り替え、農村部の都市化への投資を本格化している。企業誘致や流通網整備、帰郷した農民工(比較的都市化が進む「鎮<農村部の行政単位の一つ>」では、出稼ぎ先の過酷な労働環境や子供を祖父母に預けることによる精神面への影響から、帰郷する20~30代も多い)の起業支援を行い、住民の所得向上と市場の成長を後押ししている。
農村部市場進出には「社会的価値の創出」が不可欠
中国でも、企業が社会的課題の解決に対して一定の責任を負うことが認知され始めており、特に外国企業が農村部市場に進出し、競争力を獲得するには、現地で重視される貧困対策への配慮が必要となる。
従来型のCSR活動は、本業との関連が薄く、持続しないケースも少なくない。そこで最近では、社会貢献を本業そのもので創出するビジネスモデルとすることで継続を容易にし、競争力も持続させようとする傾向が出てきた。
低所得者層を消費者およびビジネスパートナーとするBOP(Base of the Pyramid) ビジネスはその一つである。例えば、ダノンはバングラデシュでグラミン銀行と2006年から行っている、栄養価が高く、安価なヨーグルトを貧困層の女性が生産し販売するというソーシャルビジネスを、中国農村部においても試験運営し始めた。日本企業の間での関心も高く、既に取り組みを始めた企業も現れている。
信頼関係の構築は現地の協力者が鍵
農村部に進出する企業は、初めに住民や政府と信頼関係を築く必要がある。その際、企業活動を通じて地域の社会的課題に取り組む姿勢を見せることが重要である。
最も大切なのは、潜在顧客もしくはビジネスパートナーである住民との関係づくりである。難しいのは、農村部には出稼ぎ先などで見下された経験を持つ住民も多く、外部の者を簡単には信用しないことである。商品購入で最も影響を受ける情報源が知人からの口コミという農村部では、一方通行のコミュニケーションは成り立たない。特に日本企業は漠然とした憧れを持たれる一方、都市部に比べ知名度が低く、反日感情も根強いため、注意を要する。
住民との信頼関係を築くためには、市場の入口に立つ「門番」である鎮などの地方政府との関係づくりも、その上位である「市」や「県」の関連部門との関係以上に重大である。この門番に目を付けられれば、退出を命じられる危険性が増す。逆に気に入られれば、住民からの信頼も得やすい。
これらを日本企業だけで行うのは難しい。農村部での実績、地元政府との信頼かつ独立した関係、住民参画の手法の理解、ビジネスマインド、広いネットワークなどの各点に通じた現地のNGOや社会的企業の協力が欠かせない。
住民の行動変容を促す
農村部への進出では、顕在あるいは潜在ニーズを深く理解しながら、商品開発すると同時に、様々な啓発活動を通じて住民の行動変容を促すことが重要になる。
例えば、中国農村部の特徴として、出稼ぎによる家族離散の状況が深刻だ。何年も会わないうちに夫婦の心が通わなくなってしまい、悩みを誰にも相談できない女性も多い。農村部に、家族が一緒に暮らせる経済社会環境を整えることも大切だが、例えば、女性同士が相談し合うことのできるコミュニティを作ることで、女性たちは自我に目覚め、自分の真のニーズを認識し、自己投資をするようになる。それでようやく、彼女たちのための商品が売れるようになるのだ。
ある日本企業の社員は、中国農村部に浸ることで、本来自分の会社のビジネスは何のために存在するのかを問い直しながら働く習慣が身に付いたという。不要なサービス(すなわちコスト)を削ぎ、真のニーズに応え、環境を整えながら社会に根付く新しいビジネスを抽出していく。つまり、様々な制約条件がある中国農村部市場に進出することは、企業が自らの原点を見つめながら革新を生む、ビジネス本来の姿を取り戻す機会であるともいえるだろう。
※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。