日本総研ニュースレター 2013年7月号
BOP市場進出の新たな手段としてのBOPベンチャー企業への投資
2013年07月01日 菅野文美
多国籍企業がBOP市場で事業を立ち上げる難しさ
多国籍企業がBOP市場に参入し始めてから10年余りになるが、その多くは苦戦を強いられている。2011年にサブサハラ地域で活動する大手企業を対象としたモニターグループの調査※では、サブサハラ地域内のBOP市場においては、BOP層向けビジネスモデルの開発と開発期間の長期化(69%)、NGOや社会的企業等の現地パートナーとのトラブル(57%)、マーケティングや販売員育成のコスト(49%)等が大きな問題となっていることが指摘された。
先進国市場で育った多国籍企業の悩みは、他地域でも変わらない。例えば、米国の化学大手デュポンは、インドのBOP層の女性向けに低価格の栄養食品を開発したが、売上が安定せず、事業化を断念した。栄養問題について自覚を持たないBOP層の購買行動・心理の深層までを理解できず、購買意欲を効果的に喚起するビジネスモデルを開発できなかったことが主な原因だ。
そのため、BOP層のコミュニティで活動する現地NGO等と連携する多国籍企業も多いが、一方で目的や文化の違いによる摩擦が要因となり、内部から瓦解するケースも発生している。そもそもBOP市場での投資回収には最低5年以上かかることがほとんどのため、事業化以前に息切れし、継続を断念する場合が少なくない。
BOPベンチャー企業への投資を始める多国籍企業
多くの多国籍企業が現地での事業立ち上げに苦戦するなか、最近のBOP市場戦略として、自らは事業を手掛けず、現地ベンチャー企業への投資を行う企業が現れるようになっている。
例えば、世界最大手の教育事業法人であるピアソンは、2012年にファンドを設立し、BOP層向け私立小学校のマイクロフランチャイズ(個人起業家にノウハウを提供し、小さなビジネスを横展開する事業形態)企業に対し投資を行っている。その投資先第一号であるガーナのオメガ・スクールは、既に生徒数500名規模の小学校を20校開校させており、今後5年間で西アフリカ諸国に500校まで展開させる計画を立てるなど、経営は非常に順調だ。
オメガの成長の秘訣は主に2つある。第一に、顧客の真のニーズに訴求する革新的ビジネスモデルを開発したことだ。オメガは、収入が不安定なBOP層の家庭のために、学費を教科書代等の諸経費を全て含めた日払いとした。BOP層の子どもたちが公立小学校から中退する最大の理由が、親が教科書代や制服代等の「隠れた学費」を一括して支払えないことであると理解していたからだ。さらに、学習の継続が容易になるよう、年間15日間の無料クーポンも配布している。
第二に、現地に潜在する人材を発掘・育成し、事業運営費を大幅に削減したことだ。例えば、高卒でもやる気と人望がある若者は教師として育成して人件費を抑え、また、iPadを活用して学校管理を効率化するシステムも、現地で発掘した才能ある若者が低価格で開発した。
オメガが行った施策は、BOP層への草の根での理解や、コミュニティに深く入り込んだ人脈活用が欠かせないものだ。多国籍企業のピアソンは、現状では自ら事業を運営するのは相当困難であることを理解し、投資を選択しているのだ。
本当の狙いはBOP市場への進出
ピアソンの本当の狙いは、投資収益を確保すること以上に、BOP市場における、顧客やビジネスモデルに関する地域に密着した情報を収集したり、事業提携先や現地政府とのネットワークを構築したりすることで、将来の事業領域の拡大につなげることである。そのために、ピアソンは、従業員を現地に定期的に派遣し、投資先の選定やモニタリングを通じて情報やネットワークを自社に吸収するだけでなく、投資先への技術提供を通じて自社商品のプロトタイピングも行う。
BOPベンチャー企業への投資は、自社の体力消耗を避けながら新興国BOP市場進出への布石を打つ新たな手段として期待される。実際、既に食品大手のダノンやエネルギー大手のGDFスエズやシュナイダー・エレクトリック、そして日本企業でもピアソンと同じ教育大手のベネッセホールディングスなどが取り組んでおり、当面の間、世界トップレベルの多国籍企業の間で広がっていくだろう。
※"Promise and Progress Market-Based Solutios to Poverty in Africa"
Michael Kubzansky, Ansulie Cooper, Victoria Barbary
May 2011 Monitor Group
※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。