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日本総研ニュースレター 2013年1月号

国民皆保険の導入により離陸が期待されるインドネシアヘルスケア市場

2013年01月04日 青山温子


受診習慣のないインドネシア人
 2012年11月、ジャカルタ市で国民皆保険実現に向けた大きな第一歩が踏み出された。提示するだけで無料で医療サービスを受けられる「ジャカルタ・ヘルス・カード」の全市民への配布が始まったのだ。中には、体調が悪くないのに「本当に無料か」を確かめるためだけに受診する市民もおり、一時は通常の倍の患者であふれた保健所もあったという。
 2011年11月に日本総研が実施した『アジア主要都市コンシューマーインサイト比較調査』(注)でも明らかになったように、インドネシア(ジャカルタ)の中間層以上の消費者は他のASEAN諸国に比べあまり病院に通わない(図)。遅れた保険システムが、医療機関へのアクセス阻害要因となっているからだ。全国民が対象の医療保険(国民皆保険)制度は存在せず、公的保険には公務員や民間企業労働者、貧困層などしか入れない。農業従事者や自営業者などには高額な民間保険しか選択肢がなく、結局、国民の約3割は無保険状態だ。恵まれているはずの公的保険にも、受診できる医療機関や保険給付対象となる疾病に制限がある。
 結果として、対GDP比および国民一人当たりの医療費はASEANでも低位にとどまる。衛生環境の問題もあり、例えば、感染症死亡率や5歳未満児死亡率は、ASEANでカンボジア、ミャンマー、ラオスに次ぐ高さというありさまだ。





動き出す国民皆保険実現への取り組みと市場拡大の期待
 国民皆保険の実現は、国家開発計画の重点分野としても位置付けられる。導入機運が高まった1990年代後半以降、長年の懸案だったが、近年取り組みが活発化している。2011年10月には国民皆保険を含む新たな国家社会保障制度の実施機関を定める法案が可決され、2014年1月1日に制度開始予定となった。ユドヨノ大統領によると、遅くとも2019年には全国民が保険でカバーされる見通しだ。
 なお、ジャカルタ市保健局の発表によると、国民皆保険のモデルとも言える冒頭のジャカルタ・ヘルス・カード導入後、保健所への受診患者は50~70%増加したという。国民皆保険が導入されれば、全国規模で受診者は急増するだろう。つまり日本企業にとっては、世界第3位となる約2.4億人の人口を擁し、ASEAN主要6カ国中最高の経済成長率を誇る国のヘルスケア市場の拡大が期待できる状況といえる。

参入検討時の留意点
 ただし、日本企業にとって、同国ヘルスケア市場の未来すべてがバラ色というわけではない。例えば、国民皆保険が導入されても一人当たりの保険予算額に上限が設けられてしまえば、医療機関が購買を決定する最優先の要因が「価格」に変化し、価格競争が激化する恐れがある。実際、予算上限が設定されるタイの国民医療保障下では、医療機関はできるだけ安い医薬品や医療機器を選択する傾向にある。既にインドネシア保健省では薬価引き下げを狙い、製薬各社に後発薬の生産能力拡大を要請している。
 また、伝統薬への支持が根強い同国では、患者の受診習慣が想定ほど高まらない可能性もある。2010年の保健省の調査によると、15歳以上の国民の約50%が汎用伝統薬を服用し、約4%は毎日服用するという。
 そもそも、同国で国民皆保険を導入するまでには、既存の保険同士の統合や財源確保といった多くの課題の解決がまだ必要な状況だ。実は、未だに労働組合による大規模デモが起きるなど、国民の総意は得られていない。
 従って、同国ヘルスケア市場への進出には、政府関係者と緊密なコミュニケーションを行い、「風向き」を見極める必要がある。そして、新興国向け商品開発やバリューチェーン見直しなどによる価格競争力強化や、疾病の啓蒙活動を通じた受診行動喚起といった制度導入後への備えを同時に行いながら、市場規模の変化の速度に柔軟に対応できる計画を策定しておきたい。



※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません

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