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“簡素な”イノベーションから再考する

2014年04月30日 渡辺珠子


 2012年、ネスタという英国の財団がインドにおける「“簡素な”イノベーション」に関するレポートを発表した。“簡素な”イノベーション(frugal innovation)とは、その土地で手に入る範囲内での資材・情報(マーケット情報など)・資金などを活用し、現地インフラや顧客の生活実態に見合った技術や、ノウハウと組み合せてコストを最小限に抑え、身近な社会的課題を解決するためのイノベーションを意味する。このイノベーションが興味深いのは、単に機能(function)をそぎ落とした低価格の商品やサービスは対象でなく、低価格ではありながら最新の科学(science)と、技術(technology)を組み合わせた性能(performance)の高いものであり、かつ多くの人が簡単に長く使えることである。

  “簡素な”イノベーションは、インドを含めて、新興国の地方・農村市場向けの商品やサービスに見られることが多い。代表例が義足のジャイプール・フットである。1960年代後半に、廃タイヤからのくずゴムや木材などを使った義足を開発し、その当時にインドで手に入る義足のわずか270分の1程度の価格(45ドル程度)で提供したことから始まる。現在は、技術者約50人、医師3人を抱え、年間2万足以上を生産している。特徴的なのは、低コストにも関わらず本物の足のような外観であり、膝の曲げ伸ばし、足を組んで座る、また急斜面もしっかりと歩くことができるなど、見た目だけでなく機能面でも患者のニーズを充足していることである。ジャイプール・フットが低コストを実現できたのは、先進国の義足開発とは異なり、製品開発への投入費用が極めて少なく、高い価格を設定しなくても、コストが回収可能であることが大きな要因だと考えられる。

 通常このような“簡易な”イノベーションの事例は、日本企業にとっては関心外であることが多い。日本企業は「自分たちとは関係のない、現地のボランティアベースのビジネスだろう」、「イノベーションというのは自社内で作り上げることが大事」。こういう「声」が良く聞こえてくる。しかし、ジャイプール・フットにはダウ・ケミカル社が素材技術開発で協力している。ゼネラル・エレクトリック社はインドの乳幼児向け保育器ビジネスに出資し、かつ技術提供も行っている。世界の大企業は現地で生み出された“簡易な”イノベーションを取り込みながら、現地に見合った技術を低コストで開発する能力や、ビジネスモデル構築の発想力といった、新興国市場攻略に必要な力をつけることが狙いだ。もちろん、現地企業と共にビジネスを育てた上で買収し、自らが当該市場で成長するといった戦略を持つ企業もある。イノベーション創出が求められる昨今、新興国や途上国で生まれる“簡易な”イノベーションを企業のビジネスに取り込む視点も必要ではないだろうか。


※メッセージは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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