オピニオン
ICTの技術革新で広まる行動変容による支援
2014年03月04日 浅井康太
生活の中の大半の行動は習慣化されている。また一度習慣化された行動を変えることは難しく、それを変えるための方法に人は価値を感じている。例えばダイエットがその典型だろう。肥満の原因は代謝異常などの病気を除けば、運動不足や食べ過ぎ、不規則な食事時間といった生活習慣に原因がある。つまり肥満は日常の多くの行動の積み重ねの結果であって、習慣化している行動を変えなければ解決しない。しかしダイエットにチャンレジする人の多くは、習慣を変える重要さに気付いていながらも、根本的な問題を解決しないで簡単に痩せられるとうたう運動機器やサプリメントに対して、多くのお金を払っている。つまりそれらに払うお金は、苦労して行動習慣を変えることを避けたいと思う気持ちの裏返しなのだろう。
そこまでして避けたい行動習慣を変えることは行動変容と呼ばれ、手法や理論的枠組みが学問として整理されている。行動変容を実行するための有名な理論的枠組みに、行動変容ステージモデル(Transtheoretical
Model)と呼ばれるものがある。この枠組みは、行動を変えたい人とその人の状況に応じてきめ細かい支援をする人(サポーター)との関わり合いを通じて、行動変容が促されるように構築されている。理論を使った実践的な取り組みは、保健福祉の分野で特に盛んで、禁酒や禁煙といった極度に習慣化され、健康に悪影響を及ぼすような習慣行動を変えるために使われ、一定の成果を上げている。これらの分野では対象の行動を変えることで、将来病気になることを予防し、医療費支出を抑える社会的コストの抑制、禁断症状による反社会的な行動を取ることで他人に迷惑を掛ける社会的リスクの抑制につながっている。保健福祉の分野では、外部から行動変容に介入することが、社会にとってのメリットとして大きいため、行政が積極的に介入し、成果を上げている。
行動変容の手法のベースには、サポーターの関与が前提になっている。そのため今の行動変容の手法を採用して人の習慣を変えようとすると、大きなコストが掛かる。日常の生活を振り返ってみると、人の多くの習慣は外部から積極的に介入されるほどの社会的な価値を持っていない。しかし一方で多くの習慣を行動変容させることは、小さいながらも社会的な価値を持つ例はたくさんある。例えばエコドライブは、その人にとってガソリン代を抑制することにもつながるし、社会的にはCO2を抑制することにつながる。しかしその金銭的な価値は大きくない。条件にもよるが神奈川県の調査によれば、1台あたり年間8,000円のガソリン代削減効果と135kgのCO2削減効果があるという。CO2の排出量削減クレジットが仮に2,000円とすると、270円の価値しかない。つまりエコドライブを定着させるために、現在の行動変容の理論的な枠組みを使っても、人の関与を前提としているので金銭的には全く成り立たない。行動変容の手法が多くの習慣に適用されない原因の一つがここにある。
しかしICTの普及によって、人が関与するという前提は覆されつつある。一つはM2Mと呼ばれる社会に張り巡らされたセンサーによって、様々な情報が記録され始めている。記録されているその人の行動と、周辺環境の情報やその人の直前の行動と、相関関係を分析することで、人の行動を予測することができる。そうすれば人が行動するよりも前に、相手の行動を読むことで、適切なアドバイスができるようになる。これは熟練のサポーターが、支援を受ける人の雰囲気を経験から読み取り、適切なアドバイスをしていることを代替することにあたる。これができるだけでも、これまで経験者であるサポーターが行ってきた業務を、素人がICTのサポートによって行うことができる。さらにもう一つ、機械と人のコミュニケーション、つまりSiriのような機能がさらに洗練され、機械と自然な会話ができるようなインターフェイスが開発されると、究極的には人は不要になる。そうなれば非常のローコストで行動変容を実現することができるようになる。
そうなれば日常の習慣の多くをもっと気軽に行動変容させようとする時代が到来するに違いない。一方で人が機械と会話して、習慣を変えようとする不気味な未来像ではあるが、あらゆるものがネットワークにつながり、様々なセンサーが普及しつつある社会では、そう遠くない未来に実現するはずだ。
※メッセージは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。