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【「CSV」で企業を視る】(15)農家と共に築く共有価値 -コメリの事例-
2014年01月06日 ESGリサーチセンター、小崎亜依子
本シリーズ15回目となる今回は、共有価値創造の手法の1つである「顧客ニーズ、製品、市場を見直す」事例として、小売店コメリの事例を取り上げる。同社は、従来のビジネスでは顧客となりえなかった人口密度の低い農村地域での店舗展開を行い、全国の農家と良好な関係を構築。現在では、消費者への直接販売支援や経営支援にまで農家支援の取り組みを拡大させ、顧客である農家の成功と自社の成功を両立させるユニークなビジネスモデルを構築している。
人口密度の低い農村部をターゲットとした店舗展開
同社は、1983年にDIY用品(ハード)と園芸用品(グリーン)に特化した独自の専門店業態である「ハード&グリーン」(H&G)を開発した。旧態依然とした流通形態が残るこれらの流通分野でイノベーションを果たし、価値ある商品をより廉価で豊富に提供して豊かな社会の実現のために貢献したい、というのが経営の考え方である(※1)。
現在、H&Gの標準的売り場面積は約1,000㎡と小規模で、農業用品を中心に約15,000のアイテムを取り扱う。その利便性から「農村のコンビニ」とも言われている。一般的なホームセンターの出店には、最低でも商圏内に3~5万人の人口が必要と言われる中、同社のH&Gは1万人前後の地域でも出店が可能なのが特徴だ。そのため、これまで出店が難しいと言われていた、農村などの人口密度の低い地域での出店も可能となった。1983年の新潟県新発田市における出店以降右肩上がりで拡大を続け、2013年3月末のH&Gの店舗数は945店舗にも達している。
H&Gでは回転率が低いハード商品や、管理の難しい草花を主力とするが、規模のメリットおよび独自の物流・情報システムなどの組み合わせにより、高効率な経営を実現しているという。
農家と消費者を直接つなぐ「産直市場」の開設
コメリは、2004年にインターネット通販サイトである「産直市場」を開設した。全国の消費者に直接産地から商品を届けたいという農家の声に対応したという。価格の設定は自由で、受注や決済は同市場が代行する。さらに、インターネットが使えない農家を支援するために、ホームページ作成サービスも用意している。
農家が抱える課題は様々あるが、「良いものを作っても安く買い叩かれ、適正な利益が得られない」というのもその1つである(※2)。創意工夫に富む生産者が利益を上げられる仕組みの構築は課題解決の処方箋となりうる。コメリの産直市場はそうした仕組みの構築に繋がっていると考えられる。
農業支援を行う農業アドバイザーの配置
2008年には、社内で農業政策プロジェクトを発足させ、農業支援を行う「農業アドバイザー」の組織化に取り組んでいる。農業アドバイザーとは、農業に関する専門的な知識や経験を持っており、店頭で農家に対して肥料の選択方法や、農作物の育て方などを直接アドバイスする役割を担う。
TPPの交渉などが進む中、効率的な経営は農家の最重要課題である。農業を取り巻く環境が激変する中で、農家の様々な相談に乗ることで、農家との信頼関係はさらに強固なものになる。より高い付加価値を求めて周辺農家が誰も育てていない新たな品種にチャレンジする際などに、身近に相談できるプロの存在は心強いだろう。さらには、農業経営全般に関する様々な相談に乗ってくれる店舗ということで、新たな顧客集客も見込めるかもしれない。こうした農業アドバイザーは、青森から鹿児島にまで、74名が配置されて(2013年3月末)、19県323店舗をカバーする。
収穫期払いに対応した「アグリカード」
コメリは、農家を金融面からも支援する。農家限定で、収穫期払い(毎年1回 指定月一括払い)を可能とする「アグリカード」の提供がそれだ。農家では出費がかさむ時期と収入が得られる時期にズレがあるため、独自の金融の仕組みが必要となる。
2013年度末は、アグリカードも含むコメリのカード会員は約72万人。農家のニーズに対応したカードは、多くの支持を得ている。
従来の小売店が対象としなかった領域に進出し、農家のきめ細かいニーズに対応していくこれらの取り組みは、単なる販促活動の領域を超えている。こうして築きあげられた農家との信頼関係は他社が容易に追随できるものではなく、同社のビジネスモデルをより強固なものにしているといえよう。
※1 「コメリの経営理念」コメリ社HP
※2 「農産物の真の価値を伝えるブランド構築」日本総合研究所 三輪泰史
*この原稿は2013年12月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。