オピニオン
CSRを巡る動き:企業と投資家の新たなコミュニケーション活動
2013年10月01日 ESGリサーチセンター
昨今、地球と社会の持続可能性(サステナビリティ)に関する諸課題解決への対応を企業戦略に統合する企業が増えつつあります。例えば、国内のある医薬品メーカーは、貧困者が基本的医薬品の恩恵を享受できないという「医薬品アクセス問題」に焦点を当てています。この問題への対応を新興国戦略の中心に据え、新興国にとって脅威の1つである顧みられない熱帯感染症の治療薬を無償で配布しているのです。すぐに成果の現れる取り組みではありませんが、同社によれば、これは知名度向上などを目的とした長期的な投資だということです。他にも、サステナビリティ諸課題解決への対応を企業戦略に統合している事例は沢山あります。
企業戦略で著名なマイケル・ポーター教授が「共有価値: Shared Value(CSV)」を提唱したように、サステナビリティ諸課題解決への貢献と企業価値創造が両立しうるとする考えを支持する経営者が増えてきたことが、その背景にあると考えられます。同時に、企業戦略のそうした変化と相まって、企業のサステナビリティ諸課題解決への取組みに関して、投資家と企業の間のコミュニケーションを活発にしようとの取り組みが始まっています。
そうした取り組みの1つとして、「ESG Investor Briefing Project」があります。このプロジェクトは、サステナビリティ諸課題解決にコミットする企業が署名する「国連グローバル・コンパクト」と、サステナビリティ諸課題を投資判断に考慮する金融機関が署名する「国連責任投資原則」の共同プロジェクトです。業績に大きな影響を与えるような環境・社会・ガバナンス側面の取り組みに関して、投資家と企業間のコミュニケーションをより発展させることを目的としています。
同プロジェクトは、2012年7月から2013年7月までに、サステナビリティ諸課題への対応を投資家に伝えることを目的とした企業のオンラインミーティングを複数支援し、ミーティングの進め方、望ましい出席者、伝えるべき内容などのプロトタイプを作成しています。
伝えるべき内容としては、サステナビリティ諸課題への対応と企業戦略がどのように関係しているのか、またどのように企業価値向上に貢献するのかといった内容が重要だとしています。どのように企業価値向上に貢献するかという点については、以下の3つの視点を用いて説明することが望ましいとしています(※)
(1)成長性・・・新規市場開拓やイノベーション創造への貢献、等
(2)資本収益性・・・オペレーション効率やブランド価値創造への貢献、等
(3)リスクマネジメント・・・規制リスク・レピュテーションリスク・サプライチェーンリスクへの対応、等
こうしたプロトタイプを用いて、タイヤメーカーのピレリ社(伊)やソフトウェア会社のSAP社(独)などが、投資家向けのオンラインミーティングを開催しました。メインストリームの投資家も多く参加したようです。ただし、複数のミーティングからいくつかの課題も浮かび上がりました。
例えば、財務情報のように業種内で横比較できる情報がさらに必要であること、企業価値に貢献している事例であれば、より金銭的価値で表現されることが望ましいこと、サステナビリティ関連の取り組みを進める合理的背景についての説明がさらに必要であることなどです。望ましいコミュニケーション方法については、まだまだ多くの検討が必要です。
とはいうものの、こうしたコミュニケーションがさらに活発になり、サステナビリティ諸課題解決と事業の成功を両立させる企業に多くの投資家の支持が集まれば、他の企業も同様の取り組みを進める可能性があります。その結果、より効率的な手法での社会的課題解決が可能になるかもしれません。さらには、若者を使い捨てにするような、社会的課題を考慮しない企業には投資家の支持が集まらなくなるかもしれません。サステナビリティ諸課題を巡る企業と投資家のコミュニケーションは始まったばかりですが、様々な可能性を秘めていると言えます。
※PRI and Global Compact LEAD (2012) , “A new framework for communicating ESG value drivers at the company-investor interface”