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リスクのグローバル化に国・企業は対応できるのか
~APECの試みが示唆するもの~

2013年09月13日 花井 衣理


1.企業の国際展開の進展と事業リスクのグローバル化

 企業の国際展開の進展に伴い、一事業拠点におけるリスクの顕在化がグローバルな経済活動や産業ネットワーク全体に与える影響は、かつてないほど増大している。また、世界経済の成長鈍化や、新興国における成長の歪みの顕在化(格差問題、環境問題等)によって、国境を越えた企業活動を取り巻くリスクは、質的にも多様化・複雑化している。
 わが国の企業においても、新興国を中心とした海外における様々なリスクの顕在化によって、サプライ・チェーン全体が途絶され、事業継続そのものが困難になるような事例が多くみられるようになっている(表 1)。

                 表 1.リスクが顕在化した事例とわが国企業への影響

                               (資料)各種報道等を基に(株)日本総合研究所作成

2.グローバルな事業リスクに対する企業の取り組みと課題

 こうした状況を踏まえ、国際展開で先行する大手メーカーや商社等ではすでに様々な取り組みが進められている。例えば、担当部署の拡充やマニュアル等の策定、外部リソースの活用等によって管理体制を強化する取り組みや、サプライ・チェーンの大幅な見直し、代替技術・製品等の開発・導入によってリスクに対応しようとする取り組みがみられる(表 2)。

                 表 2.グローバルな事業リスクに対するわが国企業の取り組み

                               (資料)各種報道等を基に(株)日本総合研究所作成

 このように、グローバルな経済活動を取り巻くリスクを最小化するために適切な取り組みを講じることは、企業にとって最重要課題の一つとなってきている。
 しかし、こうしたリスクは様々な要素が複雑に影響し合って拡大・変質し、国境を越えて波及することから、企業ないしは産業界レベルの努力だけでは自ずと限界があるといった指摘もある。アルジェリアの人質拘束事件や中国の反日デモでは、長年にわたる現地での経験と実績を有し、ノウハウや情報を蓄積して来たはずの企業が大きな被害を受けており、今日のグローバルなリスクに企業が個別的に対応することの難しさが改めて示唆された。他方で、各国・地域の政府レベルでは、海外の事業環境や安全情報等に関する情報収集・提供をはじめ様々な対策が講じられていることも周知の事実である。ただし、従来の国家の枠組みを超えて相互に影響し合う複雑なリスクに対応するためには、個別の政府による取り組みでは限界があることもよく知られている。つまり、複雑化かつ遍在化するグローバルリスクへ対処するには、個別的・局所的ではなく、多重化・相互連携的なリスクマネジメント思考が求められていると考えられるのである。

3.多国間連携の枠組みによるグローバルな事業リスクへの対応
~APEC(※1) における「ヴァリュー・チェーン・リスク」指標化の試み~

 こうした時代の要請に応えていこうとする試みの一つが、平成24年度に経済産業省が実施した「ヴァリュー・チェーン・リスク(※2) に係る定量分析調査」である。この調査は、APEC域内の事業リスクを「見える化」することで、ヴァリュー・チェーン・リスクに関する共通認識を醸成し、域内の連携を強化することを目的として、APECを中心とする主要国・地域のヴァリュー・チェーンにおけるリスクを、国・地域ごとに指標化するものである。各国・地域のヴァリュー・チェーン・リスクは、表 3に示す6つの分野(自然災害、市場、地政学、インフラ、地理、規制・政策)から構成され、国際機関(世界銀行、IMF等)による信頼性の高い統計に基づいて、リスク分野ごとにそれぞれ指標化およびスコア化されている。

                表 3.ヴァリュー・チェーン・リスクを構成する6つのリスク分野と定義

       (資料)経済産業省「ヴァリュー・チェーン・リスクに係る定量分析調査 指標化の考え方及び結果概要」
       (平成25年5月)より転載

 経済産業省では、APECの会合やシンポジウムの場で本調査の成果を活用し、域内における共通認識の醸成や連携を促進するとともに、個別の国・地域における政策の質の向上や事業環境の改善を促していくとしている。
 すでに、2013年4月に開催されたAPEC貿易担当大臣会合(Meeting of Ministers of Responsible for Trade: MRT)において、上記の調査を踏まえたわが国の提案により、APECとしてヴァリュー・チェーンの強靭性に関する定量分析を開始することが合意された。今後、APECのシンクタンク部門である「ポリシー・サポート・ユニット(Policy Support Unit: PSU)」において、本格的な調査が実施される予定である。
 ヴァリュー・チェーン・リスクの捉え方自体は大いに議論していくべきことであり、今後の精緻化が期待されるところなのだが、大事なことは、ビジネス慣行や利害が微妙に異なる国家・地域間で、リスクに対する共通のフレームワークを構築していくことに合意したことであろう。こうしたプロセスをわが国がイニシアティブをとって推進していくことは、国際社会にとってもわが国にとっても極めて重要なことである。
 今後は各国・地域の産業界の参画も視野に入れた展開を戦略的に描いていくべきである。ますます複雑化・不透明化するグローバルリスクを、多国間連携と官民連携の同時推進でマネジメントしていこうとする動きをさらに加速させていくことが求められる。

(※1)アジア太平洋経済協力会議(Asia-Pacific Economic Cooperation: APEC)は、アジア太平洋地域における貿易・投資の自由化を目的として、21カ国・地域が参加する経済協力の枠組み。
(※2)本調査では、「サプライ・チェーン(国際物流・供給網)」だけでなく「投資・事業拠点における生産・購買・販売活動等」を含む概念を「ヴァリュー・チェーン」として定義している。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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